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見たぞUFO
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週1回発行・はやし浩司の専用マガジンです
Another Version of Human History by Hiroshi Hayashi, Japan

No one is allowed to use my ideas and essays in any case without my permission. Whole copyright belongs solely to Hiroshi Hayashi.
どなたにもアイデアの流用、転用、盗用を許可していません。すべての著作権ははやし浩司に帰属します。どうかご強力ください。

【見たぞ、UFO! 検証旅行】(大分県日田市・割烹『花門』で、橋本 晃氏に会う)

http://www.youtube.com/watch?v=0Fziv16u8vo&list=UU2fHPR-NxuYGd1oMOGXLwFA&index=1&feature=plcp

(資料集)
img615
(中日委新聞のコラム)

img616
(私たちが見たUFO)

img61c597d8zik2zj
(火星探査機・スピリットが送信してきた画像)

img61c597d8zik2zj
(スピリットの送信してきた画像を拡大したもの)

FF(1)original photo
(UFOの周囲に、フォースフィールドと呼ばれるモヤ状のものが、これでわかる。)

FF(2)Color
(上記写真の明度を落とし、モヤをわかりやすくした。)

●電話

 教室へ行くと、1本の留守番電話が入っていた。
大分県日田市に住む、HSと名乗る人物からのものだった。
いわく、「あなたが新聞のコラムで書かれたのと同じUFOを見ました。
それで電話しました」と。

 私は授業の準備を忘れ、すかさず、HS氏に電話を入れた。
最初、妻らしき女性が電話口に出た。
UFOの話はしなかった。
この種の話は、相手を選んでする。
相手をまちがえると、変人と誤解される。
HS氏は、すぐ電話口に出てくれた。

私「浜松に住む、はやし浩司という者です。電話、ありがとうございました」
橋「ああ、わざわざ、電話、ありがとうございます」
私「さっそくですが、どんなUFOでしたか?」
橋「あなたが、新聞のコラムで書かれたUFOと、そっくりのUFOです」
私「新聞?」
橋「中日新聞という新聞です。2000年の日付になっています」
私「ああ、あれですか」と。

●HS氏

 HS氏は、日田市で、割烹を経営していた。
見たのは、今年(2012年)の6月20日。
午後10時45分ごろのこと。
家の外で、巨大なUFOを目撃したという。

 大きさは、何百メートルとか、そういった数字で表現できないほど、大きなものだったという。
が、何よりも私を驚かせたのは、「ビルの高さほど低いところを飛んでいた」という内容。
HS氏は、こう言った。
「はやしさん(=私)のコラムでは、黒色ということでしたが、白色でした。大きな円形の窓らしきものと、その窓枠も見えました」と。

 HS氏は、きわめて至近距離で、UFOを目撃していた。

私「窓の色は何色でしかたか?」
橋「同じ白色でした」
私「オレンジ色ではなかったですか?」
橋「暗い白色でした」

●消え方

 私たち夫婦が見たUFOについては、明らかな特徴がひとつあった。
消え方。
消え方が、ふつうではなかった。

 飛行物体が遠ざかって消えるという、そういう消え方ではない。
スーッと空に溶け込むかのようにして、消えていった。
物体そのものが透明になり、徐々に消えていった。

 だから私はUFOを見たという人の話を聞くときは、いつも、消え方を聞く。
その様子によって、その話が本当かウソか、おおまかな判断ができる。
HS氏は、こう言った。
「ゆっくり頭上まで来て、それから雲と同じような色になって消えました」と。

 私はそれを聞いて、「この話は、信じられる」と直感した。

●メモ

 私はHS氏にいくつか質問をした。
そのつど、言葉をメモに取った。

(1)高さは、ビルの高さほどのところだった。
(2)大きさは、表現できないほど、大きかった。
(3)ブーメランの先端を前に、飛んできた。
これについて、「はやしさんのコラムに書かれた飛び方とは、反対でした」と。
(私が見たのは、先端をうしろ側にして飛んでいった。)
(4)ブーメランといっても、向かって右のほうがより長かった。
左右対称ではなかった。
(5)表面は、金属的で、黒くなかった。
HS氏の妻は、「地上の光が反射して、白く見えたのでは?」と言った。

●ヨタカ

 あの夜、私とワイフが見たものは何だったのか。
正確に日時を覚えているわけではない。
が、ワイフと私の記憶をつき合わせると、こうなる。

 1976年の夏の夜……。
長男が1歳を過ぎた、夏の夜のことだった。
長男は、1975年生まれ。
だから1976年の夏。

時刻は、ワイフは、午後11時ごろだったと言う。
私は、午前0時過ぎだったと思う。
近所を散歩し、あと少しで、自宅に戻るという、そのときだった。

 巨大なUFOだった。
というより、最初、私はUFOなどとは、思わなかった。
私が本などで読んで知っていたUFOは、円盤型。
今でいう、アダムスキー型のものだった。
また見たときも、私は、それがヨタカ(夜鷹)と思っていた。
ちょうどそのとき、私とワイフは、ヨタカの話をしていた。
「ヨタカが飛ぶときは、羽が光るのよ」とワイフは言った。

●中日新聞

 それから24年。
あの夜のことを、私は、中日新聞にコラムとして書いた。
「見たものは、見た」と。

 この言葉には、それまでの私の怒りをこめた。
UFOの話をするたびに、みな、こう言った。
「教育評論家を名乗るなら、そういう話はしないほうがいい」と。

 当時も、今も、UFOは、超常現象としてとらえられている。
霊魂や幽霊と同じレベル。
真顔でその話をすると、人によっては、私を変人とみる。
だから私は口を閉ざした。
が、見たものは、見た。
だからコラムの冒頭で、そう書いた。
「見たものは、見た」と。

●自衛隊浜松基地

 以下が、そのとき発表した、新聞のコラムである。
書き足す部分があるとするなら、その夜は一睡もしなかったこと。
1時間おきに、近くの自衛隊の浜松基地に電話をしたこと。
(あるいはもっと頻繁だったかもしれない。)
やっと電話がつながったのが、午前8時30分。

 いくつかの部署に電話は回された。
管制室にもつながった。
が、みな、こう言った。
「そういう報告は届いていません」「そういう話はあがってきていません」と。

 が、私は食いさがった。
「そんなはずはない。あれほど巨大な物体だ。レーダーに映らないということはありえない」と。

●『見たものは、見た』

 そのときの様子をコラムにしたのが、つぎのもの。

img615
(中日委新聞のコラム)

http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/84/imge35bb262zik5zj.jpeg

●見たぞ、UFO!(中日新聞記事より)(2000年11月発表)

見たものは見た。巨大なUFO、だ。
ハバが1、2キロはあった。しかも私と女房の2人で、それを見た。
見たことにはまちがいないのだが、何しろ24年近くも前のことで「ひょっとしたら…」という迷いはある。
が、その後、何回となく女房と確かめあったが、いつも結論は同じ。「まちがいなく、あれはUFOだった」。

 その夜、私たちは、いつものようにアパートの近くを散歩していた。
時刻は真夜中の0時を過ぎていた。
そのときだ。
何の気なしに空を見あげると、淡いだいだい色の丸いものが、並んで飛んでいるのがわかった。
私は最初、それをヨタカか何かの鳥が並んで飛んでいるのだと思った。

そう思って、その数をゆっくりと数えはじめた。
あとで聞くと女房も同じことをしていたという。
が、それを五、六個まで数えたとき、私は背筋が凍りつくのを覚えた。
その丸いものを囲むように、夜空よりさらに黒い「く」の字型の物体がそこに現われたからだ。
私がヨタカだと思ったのは、その物体の窓らしきものだった。
「ああ」と声を出すと、その物体は突然速度をあげ、反対の方向に、音もなく飛び去っていった。

 翌朝一番に浜松の航空自衛隊に電話をした。
その物体が基地のほうから飛んできたからだ。
が、どの部署に電話をかけても「そういう報告はありません」と。
もちろん私もそれがUFOとは思っていなかった。
私の知っていたUFOは、いわゆるアダムスキー型のもので、UFOに、まさかそれほどまでに巨大なものがあるとは思ってもみなかった。

このことを矢追純一氏(UFO研究家)に話すと、矢追氏は袋いっぱいのUFOの写真を届けてくれた。
当時私はアルバイトで、日本テレビの「11PM」という番組の企画を手伝っていた。
矢追氏はその番組のディレクターをしていた。
あのユリ・ゲラーを日本へ連れてきた人でもある。
私と女房はその中の一枚の写真に釘づけになった。
私たちが見たのと、まったく同じ形のUFOがあったからだ。

 宇宙人がいるかいないかということになれば、私はいると思う。
人間だけが宇宙の生物と考えるのは、人間だけが地球上の生物と考えるくらい、おかしなことだ。
そしてその宇宙人(多分、そうなのだろうが…)が、UFOに乗って地球へやってきてもおかしくはない。
もしあの夜見たものが、目の錯覚だとか、飛行機の見まちがいだとか言う人がいたら、私はその人と闘う。
闘っても意味がないが、闘う。
私はウソを書いてまで、このコラム欄を汚したくないし、第一ウソということになれば、私は女房の信頼を失うことになる。

 ……とまあ、教育コラムの中で、とんでもないことを書いてしまった。
この話をすると、「君は教育評論家を名乗っているのだから、そういう話はしないほうがよい。
君の資質が疑われる」と言う人もいる。
しかし私はそういうふうにワクで判断されるのが、好きではない。
文を書くといっても、教育評論だけではない。
小説もエッセイも実用書も書く。
ノンフィクションも得意な分野だ。東洋医学に関する本も3冊書いたし、宗教論に関する本も5冊書いた。
うち4冊は中国語にも翻訳されている。

そんなわけで私は、いつも「教育」というカベを超えた教育論を考えている。
たとえばこの世界では、UFOについて語るのはタブーになっている。
だからこそあえて、私はそれについて書いてみた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●記憶の確認

 楽な36年間ではなかった。
というのも、記憶を維持するということだけでも、たいへんなこと。
1〜2年もすると、「ひょっとしたら……」と思うようになった。
さらに数年もすると、記憶そのものが、ぼんやりとしてくる。
「夢だったのかもしれない」と思ったこともある。

 周囲の人たちが、「見まちがい」「夢でも見たのでは?」と言えば言うほど、自信がなくなる。
が、そのつど、私とワイフは、たがいに確認しあった。
「本当に見たよね」
「見たわよ」と。

 こんな会話が、何度もつづいた。

「あの夜見たものは、何かの見まちがいではなかったか」と。
みなが、否定すればするほど、記憶があいまいになっていった。

ただあの夜見た、UFOの形だけは、鮮明に覚えていた。
直後、何度もスケッチした。

 私は九州へ行くことにした。
ワイフに「行くか?」と声をかけると、「私も行く」と。
楽な旅行ではない。
費用もかかる。
が、行かねばならないという気持ちが、急速に膨らみはじめた。
「決着をつけてやる」と。

●電話

 HS氏には、こちらから行きますと話した。
「うちは割烹をやっていますから、夕食はうちで食べてください」と。

私「で、私のときもそうでしたが、記憶が失われないうちに、たくさんメモを残しておくといいですよ」
橋「はい、そうしています」
私「時がたつと、今度は、自分を疑うようになります。そうなると、記憶というのは、煙のように消えていきます」
橋「わかりました」と。

 折り返し、HS氏から、FAXが届いた。
そこには、私が見たものと同じものが、描かれていた、

(1)飛行ルート……私が見たものは、真西から真東へ飛んでいった。

 で、それについてHS氏に確かめると、「私が見たものは、南から北へ、でしたね」と。

 これだけの事実でこう結論づけるのは、どうかと思う。
しかしあのブーメラン型のUFOは、緯度や経度に沿って飛んでいる(?)。
私はそんな印象をもった。

これについては、もう少しあとに書くことにする。

●観光旅行

 なおこれは私もそのとき感じたことだが、HS氏は、こう言った。
「何かの観察に来たのではないでしょうか」と。
それに対して、「私も、そう思います」と。
観光旅行か何かではないかと思いました」と答えた。

 ゆっくりと飛んできて、サッと消えていった。
そういうところから、そう感じた。
恐怖心はまったく、なかった。
「何だろう?」と思っているうちに、相手のほうから先に逃げていった。
「しまった、見つかった」と。
そんな感じだった。
私は、あの夜、そんな印象をもった。

●チケット

 九州の博多まで、新幹線で4時間と少し。
博多から、高速バスで、約1時間半。
7月13日の午後、ワイフと2人で、チケットを買いに行った。
連休の初日前日ということもあり、駅構内は混雑していた。
チケット売り場にも、ズラリと人が並んでいた。
それを見て、私たちはくるりと体を回した。

 人ごみは苦手。
旅行にしても、人の少ない時期に、人の少ないところを選んで行く。
人間嫌いというほどではないが、長くいると、頭痛が始まる。

 料金は、浜松→博多まで、2万円弱。
往復で、4万円弱。
x2=8万円弱。
プラス、博多から日田市まで、高速バス。
プラス、ホテル代。
が、私もワイフも、追いつめられていた。
時間というより、人生そのものがない。
あのUFOを見てから、36年。
新聞にコラムを発表してから、12年。
私たちには、つぎの36年どころか、12年もない。

 今、この時期を逃したら、もう二度とチャンスはないかもしれない。

●自分で確認する

 YOUTUBEを見れば、今では、居ながらにして画像でそれを見ることができる。
ブーメラン型のUFOも、多い。
今では珍しくない。
が、それが本物かどうかということになると、確信がもてない。
映像技術も進んだ。
フェイク(ニセ)画像も多い。

 で、何よりも重要なことは、自分で確認すること。
見たという人がいたら、(その人)に会い、直接話を聞くこと。
そのとき、その話が本当かウソか、それでわかる。
私たちにとって重要なことは、それが事実であること。
言い換えると、それがとりもなおさず、私たちがあの夜見たものが、事実であることの証拠になる。

●BT氏からの写真

そんな折、とうとうというか、ついに、宇宙人(以下、ET)のシッポを捕まえるような事件が起きた。

12年来の友人である、BT氏からもたらされた、1枚の写真からそれは始まった。
BT氏自身が、撮影した写真である。
「何か、へんなものが写っている」と。

こういうばあい、まずその人物を疑う。
疑って当然。
しかしことBT氏に関しては、疑う余地はない。
この12年間、ずっと誠実だった。
「まじめ」という言葉を使うなら、BT氏ほど、まじめな人はいない。
またBT氏でなかったら、その写真を信用しなかっただろう。
だからそのあと3度、現場に足を運んだ。
BT氏が写真を撮ったという、その場所に、である。
もしそれがBT氏でなかったら、3度も足を運ぶようなことはしなかっただろう。

私にとって、BT氏というのは、そういう人物である。
そういう人柄を知っているから、私はその写真に驚いた。

●雄踏町に現れたUFO

 そのとき書いたBLOGをそのまま、ここに転載する。

【浜松市・雄踏町に現れたUFOを検証する】(2012−05−19)

●信頼できるBT氏

 12年来の友人でもあり、信頼できるBT氏が、昨夜(5月18日)、1枚の写真を届けてくれた。
「何かが写っている」と、BT氏は言った。

 まず、その写真をここに紹介する。
撮影したのは、2012年5月4日。
時刻は、午後2時37分。

(1)元の写真(矢印部に注目)

 なお矢印は2か所につけたが、左の矢印のやや右側にも、もう1個、白い物体が写っているのがわかる。

UFO(1)
(2)元の写真の明度をあげてみた。

 白い物体を、より鮮明にしてみた。

UFO(2)

(3)左の矢印部を拡大してみた。

UFO(3)

(4)右の矢印部を拡大してみた。

UFO(4)

 昨夜(5月18日)と、今日(19日)、2度、現場へ行って検証してみた(2012年)。
左側の物体は、屋根の上にあるように見える。
右側の物体は、道路から、10〜13メートル高いところに浮かんでいたことがわかった。
詳しくは、後述する。

●現場へ

 昨夜(5月18日)、午後11時ごろ、現場へ行ってみた。
場所は、BT氏より詳しく聞いていたこともあり、すぐわかった。
フラッシュなしで、撮影してみた。

DSC02694

●再び現場へ

 今日(5月19日)、午前11時30分ごろ、オーストラリアの友人とワイフ、それに私の3人で、現場へ行ってみた。
この写真の写っている家の家人(女性)から話を聞くことができた。

(1)50歳くらいの女性だったが、写真を見て、たいへん気味悪がった。
「あら、イヤだあ」と何度も言った。
(2)枕などではないかと聞いたが、裏の屋根(北側の屋根)では、ものを干さないと答えた。
(3)白い物体に、思い当たるものはないかと何度も念を押し聞いたが、「ない」と答えた。
(4)写真を撮った位置に立ち、私たちも現場を検証してみたが、右側の白い物体は、道路から高さ10メートル以上の位置にあることがわかった。
(目測では、10〜13メートル前後だった。
少なくとも、工事用のバルーン型照明器具ではないことは確認できた。)

DSC02695

ほぼ同じ位置から撮影してみた。

DSC02697

道路(浜松市内から雄踏町へ抜ける道路がある。
その道路に向かって、20メートルほど、先に進んでみた。
この写真の、山の大きさから、右側の物体が、かなり高いところに浮いていたことがわかる。)

●考察

 このタイプの、小型UFOは、各地で頻繁に目撃されている。
集団で現れることが多いよう。
結論は、まさにUFOということになった。
未確認飛行物体ということになる。
あとの判断は、読者諸氏に任せる。
2012/05/19記

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●深まる謎

 が、さらに驚くべきことが、つぎつぎと見つかった。
前回は、それに気がつかなかった。
球形のUFOばかりが気になった。
しかしそれだけではなかった。
本来、そこにないものが、2つ、その写真には写っていた。

 「事実」というのは、そういうもの。
調べれば調べるほど、その向こうにある別の「事実」が顔を出す。
それについては、追々書くとして、私は、そしてBT氏は、ついにUFOのシッポをつかんだ。
少なくとも、私は、そのときは、そう確信した。

 BT氏が見せてくれた写真を、順に並べてみる。

(1)左側のUFOと、ET、つまり宇宙人(黄色い物体)らしきもの。

222

(2)(1)の写真を反転したもの。
左上の黄色い物体の輪郭(以下、ETとする)が、より鮮明に写っている。

11

(3)BT氏提供の写真を再度掲載、確認する。(矢印の部分に注目)

Photo1

(4)右側のUFO。
グーグルアースの測定器を使い、距離を測定したら、290メートルという数字が出てきた。
山の影に入っているところから、山陰ギリギリまでの距離を測定した。

photo2

(5)屋根の上の、2つの大小のUFO。
この家の家人に直接確かめたが、先にも書いたように、これは枕とか、そういうものではない。
家人は、「北側の屋根では、ものは干さない」と断言した。

photo3

(6)屋根の上の黄色いET(?)。
屋根の上に直接、乗っているのが、わかる。

photo4

(7)左下に女性の姿が見える。
何か棒(農作業用の道具?)らしきものをもっている。
道路から撮った写真とすると、この女性は小山の上にいることになる。
しかしここに小山があったのか?
前回、行ったときは気がつかなかった。
あとでもう一度行き、自分で確かめてみる。
黄色いETは、屋根の上からその女性を見ているようにも、とれる。

photo5

(8)明度をあげ、ETと、その左下の女性を、見やすくした。

photo5-2

(9)同じく、庭にいる女性。

photo6

(10)うしろ髪が長いことから、女性であることが、この写真からわかる。

この家の家人なのか。
つぎに会ったとき、この写真を見せ、確かめてみる。

photo6-2

(11)再び、屋根の上のET。

頭の上に左右、2本の角(つの)のようなものがある?

photo5-3

(12)左側のUFOの周辺が、円形に画像が変形しているのが、わかる。
水面に石を落としたように、かすかに波打っているのが、気になる。

photo3-2

(13)右側のUFO。
距離を290メートルとすると、かなり巨大なUFOということがわかる。
その手前下に、軽自動車がたまたま写り込んでいたが、軽くその2倍はあるということになる。

photo2-2

(14)右側のUFOは、山陰に隠れている。
軽自動車がその下に見える。
全体に明度をあげてみた。

Photo1-1

(15)ET(右上)と、女性(左下)
写真のシャープ度をあげてみた。

photo7

●黄色い物体

 左側の屋根の上、斜め左上に、黄色い物体があるのがわかる。
私は最初、それにまったく気づかなかった。
が、写真を拡大し、明度をあげてみると、それも屋根に接してある(いる?)のが、わかった。

 複雑な形をしている。
が、よく見ると、動物的な形である。
しかも頭部らしきところには2本のアンテナ状のものが、くっついている。

 私はすぐBT氏に連絡をした。
BT氏は、その日のうちに、現場へかけつけてくれた。
メールでの返事が届いた。

「今日、行ってみましたが、黄色いものは、どうやらその向こうにある、竹やぶのようです」と。
「竹やぶ?」と、私。
この時期、竹は黄色い芽を吹く。

私「竹やぶ、……ですか?」
B「はい、まちがいありません。自分の目で確かめましたから」
私「……」と。

 ……思い込みというのは、恐ろしい。
が、そうでないとわかったからこそ、書くことができることもある。
たとえば私は黄色い物体は、UFOから外に出た、ETと思った。
「ETであってほしい」という願いが、妄想を膨らませた。
「ETは、黄色い宇宙服を着ている」「ETが、人間を観察している」と。

 しかし妄想は妄想。
シャボン玉のアワのように、パチンとはじけて消えた。

●庭を歩く女性

 さらに左下の女性にも気がついた。
それまでは庭の一部と思っていた。
が、先にも書いたように、道路側から、塀を越え、庭先が見えること自体、おかしい。
その家は、南側から大きく回り込み、庭を通って、母屋(写真の家)に入るようになっている。
そこに小山はあったのか?
この写真の通りとするなら、その女性は、小山の上で、何かの農作業をしていることになる。

●最大の謎

 これはBT氏にも、メールで書いたことだが、「なぜ?」。
なぜ、UFOが、この日(2012年5月4日)、このとき、ここにいたかということ。
この日は、浜松市内は、凧祭りの真っ最中。
前日の雨もあり、最大限にまで盛りあがっていた。

 その日、浜名湖に近い、この雄踏町で、このような物体が現われた。
なぜ?
目的は何か?

 さらに奇妙なのは、この写真を撮ったとき、BT氏自身、その物体の存在に気づかなかったこと。
写真をあとで見て、そこに、これらのものが写っているのに気づいた。
なぜ、その場では、気づかなかったのか。
とくに右側のUFOは、かなり巨大なものである。
謎はつづく。

●訂正

 以上が、5月20日に書いたBLOGである。
で、そのあと、私とワイフは、現場へ行き、もう一度、写真の内容を確認した。

(1)黄色い物体
 黄色い物体については、やはり竹やぶと判明した。
時期的に、竹が新芽を吹き出すころで、遠方の山の竹やぶが、そこに写りこんだ。
「ET」と書いたが、これはまちがいだった。

(2)庭を歩く女性
 位置的にその女性は、おかしな位置に立っている。
で、現場へ行き、裏側から庭先をのぞいてみると、小山らしきものはなかった。
が、何本か、太い木が立っていた。
結果、この写真の中の女性は、脚立か何かを木に立てかけ、そこで作業をしていたのではないかという結論になった。

 脚立の上に乗っているなら、位置的に、このように見えてもおかしくない。

●ささやかな証明

 少し話が前後する。

 その少し前、私は偶然というには、あまりにも偶然過ぎる写真に出会った。
アメリカの火星探査機「スピリット」が、地球に送ってきた写真である。
私はその写真を見たとき、目の動きがそこで止まってしまった。
釘付けになってしまった。

 先に、矢追純一氏が送ってくれた写真の中に……と書いたが、「形が似ていた」というに過ぎない。
しかしスピリットが送ってきた写真は、「似ている」というレベルをはるかに超えていた。
「まったく同じ」と断言してもよい。

 それについても、BLOGに書いた。
その記事をそのままここに紹介する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●宇宙人はいる!

「はやし浩司」という1人の、小さな人間が住む、そのまた小さな世界。
その中で、はやし浩司ははやし浩司なりに、宇宙人の存在を確信した。

それは私の人生の中でも、特筆すべきできごとといってもよい。
「他人を介していない」という意味において、また私自身が確信できるという意味において、特筆すべきことできごとといってもよい。

小さな、そのまた小さな証明だが、しかしそれ以上の証明が、この私にできるだろうか。
組織力も、調査力もない。
どこまでも小さな私である。
あなたと同じ、小さな人間である。

何はさておき、もう一度、ここに新聞のコピー(1)と、火星で撮影された写真(2)を、並べて掲載する。

(1)の記事は、私が2000年11月25日(土)に、中日新聞に寄稿したエッセイである。
ここでは、「2000年」という年号に注目しておいてほしい。

(2)の写真は、2003年6月10日に打ち上げられた、アメリカの火星探査機「スピリット」が、地球に送ってきた写真である。
スピリットは、2004年1月3日に火星に到達している。
つまりこの写真は、どんなに早くて、2004年1月3日以後に撮影されたものということになる。

この「2004年」という年号に注目しておいてほしい。
その上で、私自身が描いた新聞上のイラストと、スピリットが送ってきた写真を見比べてみてほしい。

もし時間的に逆、つまり私が描いたイラストが、スピリットが送ってきた写真よりあとということなら、私がスピリットの送ってきた写真を模してイラストを描いたと疑われてもしかたない。
しかし私のほうが、先に書いている。
2000年の11月である。
スピリットがこの写真を送ってきたのは、少なくとも2004年1月以後である。
私がスピリットの送ってきた写真を模してイラストを描いたということは、ありえない!

つまりこれが、私という小さな人間の、ささやかな、実にささやかな「証拠」ということになる。
「宇宙人は存在する」という、ささやかな証拠ということになる。

●イラストと写真の比較

 ここに私が描いたイラストと、火星上空を飛ぶUFOの写真を並べて掲載する。

img616
(私たちが見たUFO)

img61c597d8zik2zj
(火星探査機・スピリットが送信してきた画像)

img62d89929zikczj
(スピリットの送信してきた画像を拡大したもの)


http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/85/imgecf17303zik8zj.jpeg
★コラムの中のイラストの拡大図 

http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/66/img61c597d8zik2zj.jpeg
★火星探査機「スピリット」が送ってきた、火星上空を浮遊するUFO(2004年) 

http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/65/img62d89929zikczj.jpeg

★(UFOの拡大写真) 
 この写真(↑)で、UFOの周辺をよく見てほしい。
何か、モヤモヤしたものが、UFOを取り囲んでいるのがわかる。
このモヤモヤしたものは、何か?

FF(1)original photo
(UFOの周囲に、フォースフィールドと呼ばれるモヤ状のものが、これでわかる。)

FF(2)Color
(上記写真の明度を落とし、モヤをわかりやすくした。)

 ……というような、あいまいな言い方はやめよう。
このモヤモヤは、「フォース・フィールド」と、UFO研究者の中では呼ばれている。
どういう原理で、UFOが飛ぶのかは、わかっていない。
しかし飛行中のUFOの周辺に、この種のフォース・フィールドが現れることは、よく知られている。
「磁場変性」とも、「重力場変性」とも言われている。
まわりの気体をイオン化し、ばあいによっては、雲のように見えることもあるという。
もちろん科学的に実証された「フォース」ではない。
UFO研究者の間で、そう呼ばれているにすぎない。

http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/86/img4e55c54czikbzj.jpeg
★別の本に紹介された、火星上空のUFO(「世界のUFO現象」(学研))

●宇宙人は、確かにいる!

 繰り返す。

 私はあの夜のことを忘れない。
あの夜、私とワイフは、UFOを見た。
が、当初、私は、それをUFOとは思わなかった。
私が聞いていたUFOは、円盤形のものをいう。
「く」の字型(ブーメラン型)のUFOなど、知る由もなかった。
しかも、巨大だった。
天空をぐいと横切るほど、巨大だった。
新聞記事の中では、1、2キロと書いたが、実際のところ、よくわからない。
それよりも大きかったかもしれない。
あるいは小さかったかもしれない。
が、飛行機とは比較にならないほど、巨大だった。

 あの夜見たものを、もう一度、整理しておきたい。

(1)窓

 私もワイフも窓らしきものを目撃している。
大きな丸い窓(?)で、よく見ないとわからないほど、淡い橙色のものだった。
私は、それはジグザグに並んでいたように思うが、ワイフは、一直線だったと言っている。

(2)黒いシルエット

 私は黒いシルエット(輪郭)を見ているが、ワイフはよく覚えていないという。
最初はそのシルエットは見えなかった。
少しずつ黒くなって、真上にきたとき、黒いシルエットとなった。
黒いシルエットが、その背景の夜空よりも黒く、夜空に浮かびあがった。
月は出ていなかったように記憶している。

 私が記憶しているシルエットは、中日新聞紙上で発表したとおりである。
私はその形を忘れないように、当時、何度もメモした記憶がある。

(3)消え方

 私が見たそのUFOは、西の方角からゆっくりやってきて、真上に来たとき、突然スピードをあげ、東の方角へ飛んでいった。
スーッという感じだった。
そのときのこと。
そのUFOは、遠ざかって消えるというよりは、空に溶け込むようにして消えていった。
大きさは遠ざかるにつれて小さくなったように感じたが、そのまま透明になり、消えていった。
このことは、前にも書いた。

 その先に白い小さな筋雲がいくつかあったように記憶している。
そのUFOは、雲の中に消えたのではない。
その手前で、ブーメラン型の形を残したまま、消えた。

(4)自衛隊に電話

 その直後、私は電話帳で自衛隊基地の番号を調べ、電話をかけた。
何度もかけたように記憶している。
その夜は、一睡もせず、朝を待った。

 電話がやっとつながったのは、午前8時30分ちょうどだったと記憶している。
つながった先のひとつは、「管制室」だった。
あちこちへ電話を回されたので、記憶は定かではない。
電話口の向こうの男性は、「そういう報告はあがっていません」とだけ、何度も繰り返した。
私は「そんなはずはない!」と、私は食いさがった。
何度も押し問答を繰り返した。
「あんな大きなものが上空を通過したのに、レーダーに映っていないはずがないだろ!」
と、怒鳴った記憶もある。

●スピリット(豊田ひろし氏のHPより抜粋)

 なお火星探査機の「スピリット」について、豊田ひろし氏は、つぎのように書いている。

『……火星の表面を移動し、水が存在した証拠を探る米航空宇宙局(NASA)の無人探査車「スピリット」が、米太平洋時間3日(2004年1月)午後8時35分(日本時間4日午後1時35分)、火星に着陸、周囲の写真撮影に成功しました。

 スピリットは、火星の大気圏に時速1万9000キロ以上の高速で突入。
パラシュートとロケット噴射で減速するとともに、24個のエアバッグを膨らませて本体を包み、着陸後バウンドを繰り返した末に、無事停止しました。
専門家が「地獄のようなもの」と呼ぶ、1400度を超す高温と接地時の激しい衝撃に耐え、探査車は生き残りました。 

 スピリットは2003年6月10日MER―A 1号機によって打ち上げられ、約7か月弱で火星に到着しました。

スピリットは今後約1週間かけて観測機器の機能を確認。
その後約3か月間、周囲を走り回り、カメラや試料採取装置などを使って、岩石や土壌の組成を分析、水の痕跡を探ることで、生命の有無を確かめます。
いままでは,すべてモノクロ写真の地上撮影でしたが,今回は地上のカラー写真もはじめて撮影しました』(豊田ひろし氏のHPより)。

●豪雨

 九州地方に、梅雨前線が停滞している。
上に冷たい空気。
下に高気圧。
その間を縫って、南側から湿った空気が入りこんでいる。
そのため7月に入ってから、九州地方は、猛烈な雨に見舞われている。
被害も出ている。

 大分県日田市も、大きな被害に見舞われた。
「HS氏に、だいじょうぶですか?」と聞くと、「うちは、川から離れていますから」と。

 博多からは、西鉄の高速バスで行くつもりでいる。
HS氏が、バスを勧めてくれた。

 7月14日(土曜日)朝いちばん、改めて天気図を見る。
それに九州地方は、猛烈な降雨を示す赤色に包まれていた。
「だいじょうぶだろうか?」と不安になる。

●UFO問題

 だからといって、私はいつもUFOのことを考えているわけではない。
あの夜見た、あのUFOにしても、通りでみかける救急車のようなものだったかもしれない。
時間にすれば、10〜20秒足らず。
あるいは長くて30秒前後。
ふつうなら、そのまま記憶の中から消えていたとしても、おかしくない。

 だれかに話したとしても、内容は、数分で終わってしまう。
「だからそれがどうしたの……?」と聞かれると、そこまで。
それ以上、会話がつづかない。
「見ただけです」と。

 が、最近では、……最近といっても、2008年のことだが、こんな話も伝わってきている。

●宇宙人は、存在する!

 元宇宙飛行士だった人が、宇宙人の存在を認めたというのだ。
その元宇宙飛行士が英国の音楽専門ラジオ局のインタビューで、政府は宇宙人の存在を隠ぺいしていると発言。
米英メディアが相次いで報じる騒ぎに発展したというのだ(2008年7月29日)。

その記事を、そのまま紹介する。
まさに驚愕すべきニュースである。

【ニューヨーク 25日時事】

米航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士が英国の音楽専門ラジオ局のインタビューで、政府は宇宙人の存在を隠ぺいしていると発言。
米英メディアが相次いで報じる騒ぎに発展した。

 この元宇宙飛行士は、1971年に打ち上げられたアポロ14号の元乗組員、エドガー・
ミッチェル氏(77)。

 同氏は23日の放送で、政府は過去60年にわたり宇宙人の存在を隠してきたが、「われ
われのうちの何人かは一部情報について説明を受ける幸運に浴した」と説明。
宇宙人は「奇妙で小さな人々7と呼ばれている」などと語った(以上、ヤフー・ニュースより)。 

●確認

この記事の信憑性を確かめることにした。
私はこうしたニュースでは、原文(英文)で直接確かめることにしている。

オーストラリアの友人に頼むと、折り返し返事が届いた。
友人は、オーストラリアの国防省に勤務している。
それをそのまま紹介する。
訳は急いで私がつけたが、あえて、原文に忠実に訳してみた。

++++++++++++以下、NEW.COM.AUより+++++++++

FORMER NASA astronaut and moon-walker Dr Edgar Mitchell - a veteran of the Apollo 14 mission - has stunningly claimed aliens exist.
月面歩行者であり、元NASAのベテラン宇宙飛行士である、エドガー・ミシェル博士(アポロ14号のベテラン飛行士)が、「宇宙人は存在する」と強く主張した。

And he says extra-terrestrials have visited Earth on several occasions - but the alien contact has been repeatedly covered up by governments for six decades. 
彼が言うには、外惑星人は、地球を、何度かに渡って訪問しているとのこと。しかし宇宙人とのコンタクト(接触)は、この60年間、政府によって繰り返し、隠蔽されてきた、という。

Dr Mitchell, 77, said during a radio interview that sources at the space agency who had had contact with aliens described the beings as 'little people who look strange to us.' 
77歳のミシェル博士は、ラジオ・インタビューの中で、宇宙人と接触したことのある宇宙局(の係官)は、その生き物を、『ワレワレには奇妙に見える小さな人々』と表現したと語った。

He said supposedly real-life ET's were similar to the traditional image of a small frame, large eyes and head. 
ミシェル博士は、本物のETは、小さな体の、大きな目と頭をもった、あのよく知られている(=伝統的な)イメージに似ていると思っていると語った。

Chillingly, he claimed our technology is "not nearly as sophisticated" as theirs and "had they been hostile", he warned "we would be been gone by now". 
ミシェル博士は、ワレワレ人間の技術力は、彼らのものととても同程度のものではなく、「もし彼らが敵対的であるなら、人類は、今ごろは絶滅していただろう」と、警告した。

Dr Mitchell, along with with Apollo 14 commander Alan Shepard, holds the record for the longest ever moon walk, at nine hours and 17 minutes following their 1971 mission. 
ミシェル博士は、アポロ14号のアラン・シェパード船長とともに、1971年のミッションでは、9時間17分の最長月面歩行をしたという記録を保持している。

"I happen to have been privileged enough to be in on the fact that we've been visited on this planet and the UFO phenomena is real," Dr Mitchell said. 
ミシェル博士は、「ワレワレは宇宙人によってこの惑星を訪問され、またUFO現象は事実であるという事実に関して、それをじゅうぶん知りうる立場にあるという特権を、私はたまたまもった」

"It's been well covered up by all our governments for the last 60 years or so, but slowly it's leaked out and some of us have been privileged to have been briefed on some of it. 
「過去60年間、私たち政府すべてによって、それは隠蔽されつづけてきた。しかし少しずつ、外に漏れてきた。そしてワレワレの中の何人かは、それらのいくらかの部分について、述べるという特権を与えられた」

"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers recently, it's been happening quite a bit." 
「私は軍と情報部に属してきた。軍と情報局は、一般的に知られているその表面下で、(そうだとも)、ワレワレは訪問を受けていたということを知っている。最近の新聞を読めば、それがたいへんしばしば起きてきたということがわかる」と。

Dr Mitchell, who has a Bachelor of Science degree in aeronautical engineering and a Doctor of Science degree in Aeronautics and Astronautics claimed Roswell was real and similar alien visits continue to be investigated. 
ミシェル博士、つまり航空工学分野の科学学士号、ならびに、航空力学ならびに宇宙船学の博士号をもっているが、ロズウェルは現実にあったと主張し、同様の宇宙人の訪問は、調査されていると語った。

He told the astonished Kerrang! radio host Nick Margerrison: "This is really starting to open up. I think we're headed for real disclosure and some serious organisations are moving in that direction." 
ミシェル博士は、驚いているケラング・ラジオ局のホストである、ニック・マーゲリソンにこう語った。「これは情報開示の第一歩であり、私たちがその開示の先頭にいる。いくつかの重要な組織が、その方向で動きつつある」と。

Mr Margerrison said: "I thought I'd stumbled on some sort of astronaut humour but he was absolutely serious that aliens are definitely out there and there's no debating it." 
マーゲリソンは、語った。「私は宇宙船乗組員のユーモアと思ったが、(ミシェル博士は)、まったく真剣だった。彼は宇宙人は、確実にそこにいて、議論の余地はないと語った」と。

Officials from NASA, however, were quick to play the comments down. 
しかしNASAの高官はすかさず、つぎのようなコメントを発表した。

In a statement, a spokesman said: "NASA does not track UFOs. NASA is not involved in any sort of cover up about alien life on this planet or anywhere in the universe. 
その中で、スポークスマンは、「NASAは、UFOの存在を確認していない。NASAは、この惑星上の宇宙生命体について、この惑星においても、また宇宙においても、どこでも、いかなる隠蔽にも関与していない」。

'Dr Mitchell is a great American, but we do not share his opinions on this issue.'
「ミシェル博士は、偉大なアメリカ人だが、ワレワレ(=NASA)は、この問題について、彼の意見と共にすることはない」と。

+++++++++++++以上、NEW.COM.AUより++++++++

●懐疑主義者からの反論

 こうした発言に対して、懐疑的な意見をもつ人も多い。
 
+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++

A RECENT spate of UFO sightings around the world has believers in a frenzy, but even 
the inside scoop from a former astronaut is not enough to sway the sceptics.
Yesterday, aliens popped up in the news again as NASA sought to distance itself from 
former Apollo 14 astronaut Edgar Mitchell who claimed extra-terrestrials have been 
coming to visit for decades. 

UFOが世界中で目撃され、多くの狂信的な信者がいますが、しかし元宇宙飛行士だった人の内部からのスクープは、それを疑う人を吹き飛ばすには、じゅうぶんではないようだ。
宇宙人は、もう何十年もの間、(地球を)訪問してきていると主張する、アポロ14号の宇宙飛行士のエドガー・ミッチェル氏と、NASAは距離を置こうとしているが、昨日、またまた宇宙人が、ニュースになった。

Dr Mitchell, 77, said governments had been covering it up for 60 years.

ミッチェル博士は(77歳)は、アメリカ政府は、60年間、それを隠ぺいしつづけてきたと言った。

"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of 
what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers 
recently, it's been happening quite a bit," he said. 

「私は軍と情報部で仕事をしてきた。私はおおやけの場で知られている表面的な部分の下で、私たちは訪問を受けているということを知っている。
最近の新聞に書かれているように、それはたいへん多く起きている」と彼は言った。

Dr Mitchell's former bosses were quick to distance themselves from the renewed buzz.
"NASA does not track UFOs. NASA is not involved in any sort of cover up about alien 
life on this planet or anywhere in the universe," the agency said. 

ミッチェル博士の上層部たちは、こうしたニュースからは、いつも距離を置いた。
「NASAは、UFOを検証しない。
NASAは、宇宙における宇宙人ならびに生物について、どんな隠ぺい工作にも関与していない」と。

But the Australian Skeptics were not impressed by what Dr Mitchell - or anyone else - 
thought they saw.  Skeptic spokesman Barry Williams said today the truth was closer 
to home: it's all in your head, and you're wrong. 

しかしオーストラリアの懐疑論者は、ミッチェル博士の言ったことについて、関心を示さなかった。
バリー・ウィリアムズ(懐疑論者)は、今日、家に真実はより近づいた。
それはすべてあなたの手の中にある。
あなたはまちがっている」と言った。

"We love mysteries and we love solving them, just look at how popular crime fiction and 
crime TV shows are," Mr Williams said. "The brain needs to find answers, it can't 
stand not knowing, so it comes to an explanation and quite often it's wrong." 

「私たちは神秘を愛し、その謎を解くのを愛する。
それを知りたければ、推理番組がいかに人気があるかを知ればよい。
脳は答を知る必要がある。
が、知ることはできない。
そこで説明ということになるが、その説明というのは、しばしばまちがっている」と。

+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++

●確信

 私はミッチェル博士の発言というより、告白を読んだとき、肩から、スーッと力が抜けていくのを感じた。
「やはり、そうだったのか」と。

 私とワイフは、あの夜以来、「あの夜、私たちが見たものは何だったのか」と、それをずっと考えてきた。
が、「考える」といっても、相手は、煙のような存在。
手でつかまえようとしても、いつもそのままどこかへ消えてしまう。
あの夜以来、その歯がゆさとの闘いだった。

 しかしとうとう、告白者が現れた。
アポロ14号の元乗組員、エドガー・ミッシェル氏である。
これ以上の証言者が、ほかにいるだろうか。

しかも、60年前といえば、「1947年のロズウェル事件」と、重なる。
60年前、アメリカのロズウェルというところに、UFOが墜落している。
エドガー・ミッシェル氏がいう「60年前」と、「1947年のロズウェル事件」とを結び
つけるのは、早計かもしれない。
しかしほかに結びつく話が、ない。

 で、「奇妙で小さな人々」とは、どんな人々をいうのか。
ロズウェルでのUFO墜落事件では、「グレイ」とそののち呼ばれるようになった、小さな
体の宇宙人が、アメリカ軍によって収容されたという。
エドガー・ミシェル氏が言うところの、「小さな人々」というのは、その「グレイ」のこと
をさすのか。

今のところ詳細は不明だが、エドガー・ミッシェル氏の勇気に、敬意を表したい。
おそらくこれからしばらくの間、エドガー・ミシェル氏は、アメリカ政府内の、そのスジに
人たちによる、猛攻撃にさらされるにちがいない。
ばあいによっては、逮捕、投獄されるかもしれない。
しかしそんなことをすれば、かえってエドガー・ミシェル氏の正当性が、証明されるよう
なもの。

 ……私は何度も、この記事を読みなおした。
「UFOを見た」というだけで、この日本では、奇人扱いされる。
しかし見たものは、見た。
記憶の中で、もう何千回も、反復してみたが、見たものは見た。
たったそれだけのことだが、そのつど、同時に私は、(私のワイフもそうだろうが……)、自分の脳みそを疑わねばならなかった。

が、この記事で、私はその重圧感から、解放された。
「やはり、そうだったのか」と。

私たちがあの夜見たものは、やはりUFOだった。
宇宙人が操縦する、UFOだった。
今まで、私やワイフを奇人扱いしてきた人たちよ、悔しかったら、この記事を自分で読んでみたらよい。

●BT氏の訪問

 私はたった今(2012年7月14日午後)、BT氏の訪問を受けた。
「九州へ行ってきます」と話したことについて、餞別を届けてくれた。
同時に、BT氏自身が見たUFOのスケッチを届けてくれた。
それがつぎのものである。

img614
(色は銀色に、茶色を混ぜたような色。
夜中だったから、全体に黒かった。)

 このスケッチを見てもわかるように、BT氏は、私が見たUFOと同じUFOを見ている。
それがまた私とBT氏との関係でもある。

●BT氏との出会い

 浜松市内で講演を終え、講演会場を出たところに、BT氏が立っていた。
みると手に、私が書いた新聞のコラムを切り抜いてもっていた。

「はやし先生ですね……。
実は、私も同じものを見ました」と。

 それが私とBT氏との出会いの始まりだった。
BT氏も、巨大なブーメラン型のUFOを見ていた。
これも、私のケースとよく似ているが、BT氏もこう言った。
「私1人だけが見たというのなら、だれにも話さなかったでしょう。
私は弟と2人で、見ました」と。

 そう、私ももしあれを、私1人だけが見たということであれば、外の世界の人には、だれにも話さなかっただろう。
が、私は、あれを私のワイフといっしょに見た。
だから人に話した。

 というのも、この種の話は、他人に話したところで、損になることはあっても、得になることは何もない。
事実、あのコラムを書いてしばらくしたあと、110回もつづいたコラムだったが、突然中止になってしまった。

 BT氏がその夜、弟氏と見たUFOについては、もう少しあとに書くことにして、私は宇宙人がいると聞いても、驚かない。
その理由のひとつが、黄帝内経・素問(こうていだいけい・そもん)という書物である。

●五運行大論篇(黄帝内経)

 私は東洋医学に関して、3冊の本を書いている。
うち1冊(「東洋医学・基礎篇・学研)は、今でも、医学部や鍼灸学校で、教科書として使われている。
もう1冊は、ボロボロの古本でも、6000〜7000円で取り引きされている。
「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)という本である。

 その東洋医学についての本を書いているとき、奇妙な記述に出会った。
それが「五運行大論篇」である。
(ただし中国に残っている黄帝内経ではない。
京都の仁和寺に現存している黄帝内経である。
中国に残っている黄帝内経は、その後の学者らによって、ズタズタに改変されている。
仁和寺に現存する黄帝内経は、皮肉なことに、それよりも古い時期に、直接中国から日本に伝わったものである。)

 話せば長くなるが、五運行大論篇は、まさしく「地動説」を説明したものである。
黄帝内経が書物として書き残された時期にしても、それは天地をひっくりかえすほどの奇論であったにちがいない。
(だからこそ、何度も書き改められたということになるのだが……。)

 それを知ったとき、私は、こう思った。
「これほどまでに高度な知識を、彼らは、どこでどのようにして手に入れたか」と。
名前の通りとするなら、黄帝の時代。
推定でも、紀元前3500年ごろ。
今から5500年も前のことである。

 詳しくは、この原稿の最後に載せておく。
興味のある人は、そちらを見てほしい。

●BT氏が見たUFO

 私は私が見たUFOについて、何10回もBT氏に話した。
BT氏も、私に何10回も話した。
だからここにBT氏から聞いた話を書くことについて、おかしな抵抗感を覚える。
「うんざり」という言葉があるが、それに近い。

 「また書くのか!」という思い。
しかし書かねばならない。
……ということで、書く。

その夜、BT氏は、弟氏と2人で、夜中の道を歩いていた。
1982年の冬のこと。
時刻は、午前0時19分だったという。
見たのは、自宅と、150メートルほど離れた隣家のちょうど中間あたりだったという。

 先に弟氏が異様な物体を見つけた。
ブヨブヨ、モヤモヤした物体だったという。
それがやがてすぐブーメラン型に変化した。
そのころBT氏も、それを見た。
「私が見たときは、しっかりとした形になっていました」と。

 そしてそのUFOは、まっすぐBT氏に向かって飛んできた。
で、真上まで来たとき、突然、スピードをあげ、右上のほうに消えて行ったという。
BT氏も、同じような印象をもったという。
つまりBT氏たちに見つかったから、「しまった!」と。
そんなような消え方だったという。

 で、その消え方も、ふつうではなかった。
「まるで雲のようにブヨブヨと姿を変え、雲の中に溶け込んでいきました」と。

 が、その夜は、快晴だったという。
弟氏がその夜の天気をよく覚えていた。
雲の中に溶け込んでいったのではなく、それ自体が雲のようになり、消えていったということになる。

 色は、銀色に茶色を混ぜたような色だったという。
窓らしきものは、BT氏たちは見ていない。
またそのあと、弟氏は、どこか気が変になり、そのままインドへ旅立ってしまったという。
いつだったか、「はやしさん(=私)は、だいじょうぶでしたか?」と、BT氏が聞いたことがある。
私は「だいじょうぶでした」と答えた。
(本当のところは、よくわからないが……。)

●ナンセンス

 ……つまり私たちにとって、UFOは、存在するかどうかという議論そのものが、ナンセンス。
UFOは、存在する。
そういう前提というか、立場で、ものを考える。

 これはBT氏もそうだったし、HS氏もそうだった。
(それ)を見るまで、懐疑派どころか、(それ)があるかどうかということすら議論の外だった。
ただ私は、SF小説の世界では、空飛ぶ円盤という言葉を知っていた。
しかしそれはあくまでも小説の中の話。

 が、見た!
とたん、脳みそがひっくり返った。
一転、「UFOは存在する」という立場で、ものを考えるようになった。
「あれは何だったのか?」と。

 そういう私たちを指して、「何かの見まちがいだった」と説明する人がいる。
「あなたは頭がおかしい」と思う人もいるかもしれない。
(反対の立場だったら、私も、そう思うだろう。)
が、私は即座にこう思う。
「そう、思いたければ思えばいい」と。

 宗教のように、信ずる・信じないの問題ではない。
が、それ以上に中身のある問題でもない。
証拠もない。
要するに、「見たものは、見た」。
すべてはそこから始まる。
で、私が知りたいのは、「あれは何だったのか」ということ。
すべては、そこへ行き着く。

●『月の先住者』

 夜になって、ドン・ウィルソン著、『月の先住者』という本を読みなおす。
『月の先住者』(Secrets of our Spaceship Moon)……昭和58年発刊、たま出版となっている。
原題は、『Secrets of the Spaceship Moon』である。
「宇宙船、月の秘密」と訳せる
昭和58年7月発刊、ということだから、今から30年近くも前の本ということになる。
私が36歳のときである。

月にまつわる謎は多い。
その謎について書かれた本だと思えばよい。
この本の中では、各章ごと冒頭で、月にまつわる謎を、箇条書きにしてある。

 全体では19章。
339ページ。
文字が小さいから、かなりボリュームのある本ということになる。
その中のいくつかを紹介する。
たとえば……。

●第7章 月軌道を決定した動力

次の疑問点について考えてみたい。

○NASAは、月がなぜ地球の衛星となったかを、最大の疑問としている。
○あるノーベル科学賞受賞者の告白のように、月の起源や地球の衛星となった理由について、「どう説明してもありえない」と述べているのは、なざだろう。
○NASAの科学者が、「月は存在しないといったほうが説明しやすい」と発言した真意は?
○なぜ今日の科学者は、起源を説明できないからといって、月は存在しない、などと提議するのか。
○科学者の中には月を、「自然のなせる宇宙のいたずら」とし、月が地球の衛星にしては大きすぎると主張しているのは、なぜだろう。
○現在定説となっている、"自然捕獲説"でさえ、一般の科学者は充分に説明できないのだろうか。
○天文力学の権威者でさえ、地球の引力が月を引き寄せたことを「不可能」「とてもありえない」としているのは、なぜか。
○月の軌道が正確であるはずなのに、自然に地球の衛星となったと説明できない理由は?
○天文学者の中には、「ある力が月を地球の軌道に乗せた」という者もいる。「ある力」とはいったい、何なのか。
○なぜ月の公転面は、太陽とまったく同じ公転面に配置され、月食が起きる位置にあるのか。
○月が信じられないほど正確な位置にあるということはわかっているが、"月宇宙船説"以外の方法ではその理由が説明できないのは、なぜだろう。
○天文力学の知識や月計画による実際の研究成果によって、月が地球の軌道に「乗せられ」「操縦されている」と説明されることになるのだろうか。

++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++

 わかりやすく説明しよう。

 まず、夜の空に輝く、月を見てほしい。あの月は、地球の周囲を、(1)ほぼ真円に近い軌道上を、回っている。
 つぎにあの月は、(2)地球から見ると、太陽とほぼ同じ大きさに見える。
もちろん太陽のほうがはるかに大きいが、(みかけの大きさ)は、ほぼ同じ。
だから、皆既月食、皆既日食を、数年おきに、世界のどこかで観測することができる。

 さらにあの月の(3)公転面は、太陽の公転面とまったく、同じである。

 ほかにも(4)月の自転周期と公転周期が、1秒の狂いもなく、一致しているということもある。
だから月は、地球に対して、(月の表側)だけを見せ、いわゆる(月の裏側)を、見せることはない。
(私たちは、常に、月の表側のみを見ていることになる。)

 こうした月の存在について、現在の今も、(1)捕獲説と、(2)地球からの分離説、さらには(3)隕石の衝突説などが、意見を戦わせている。
(最近の学説によれば、太古の昔、地球に隕石が衝突し、その衝撃で飛び出した地球の一部が、月になったというのが、定説になりつつある。)

 しかしこの説に従っても、なぜ月の軌道が、真円に近いのか。
月の(みかけの大きさ)が、太陽と同じなのか。
さらに月の公転面が太陽の公転面と一致しているのかということは、説明できない。

 偶然というには、あまりにも偶然すぎるのである。

 もちろん「捕獲説」にしても、大きな矛盾がある。
「太古の昔、月が遠い別の天体からやってきて、地球の重力によって捕獲された」という説である。
しかしならばその軌道面は、楕円形になるはず。
ぜったいに、真円にはならない。

 そこで「乗せられた」という説が出てくる。
 
 太古の昔、月は、だれかによって、その位置に、「乗せられた」と。
つまり月自体が、巨大な宇宙船というわけである。

 そこでこの説を補完するのが、『月内部、空洞説』である。
つづく第8章の冒頭には、つぎのようにある。

++++++++++++++

 ……さらにじれったい疑問を投げかけてみよう。

○月の不思議な密度は、月が空洞であるどのような証拠になるか。
○なぜ英国天文学協会。月面課の主任を努めた、"月の権威"が、「何もかもが、月の20〜30マイル下が空洞であると示しているようだ」と結論したのか。
○なぜ有能な第一線の科学者たちが、自然の衛星は空洞であるはずがない、という意見で一致しているのか。
では、月が空洞だというのは、人工的だからだ、とはいえないのか。
○NASAの第一線の科学者によるアポロ計画以前の研究は、なぜ月の動きが空洞の球体みたいだと結論したのか。
○重力場の研究は、月が空洞であるという裏づけにはなりえないのか。
なぜこの結果が驚くべきものなのか。
○宇宙飛行士が持ち帰った、"月の石"は、月が空洞であると、どう説明しているのか。
○人工的に作られた月面地震(月着陸船やロケットなどによる)の時、月はなぜゴングのように4時間も鳴りつづけたのか。
このことが、どうして空洞の球体であることを説明しているか。
○米国の宇宙局が、月内部が巨大な空洞であるかもしれないと、秘密裡に調査を行ったのは、どういう証拠があってのことだろうか。
○月の密度が一番高いのは、月面近くである(月が空洞であるという証拠)という月の研究(質量の中心運動)は認められなかったのか。
このような科学的証拠が、宇宙船説を引き起こさなかったのか。
○数々の証拠がどのように"空洞の月"を証明しているのか?

それでは、ここでショッキングな証拠を提示することにしよう……。

++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++

 簡単に言えば、月の内部は空洞であり、おかしなことに、つまり常識に反して、月の外
郭部ほど、密度が高く、重金属でおおわれているという。

 ……こう書くと、「月は巨大な岩石のかたまりではないか。
宇宙船という(船)と考えるには、無理がある」と考える人がいるかもしれない。
仮に巨大な宇宙船であるとしても、それは映画、『スター・ウォーズ』に出てくる、デス・スターのようなものではないか、と。

 しかし残念ながら、宇宙を航行するとき、もっとも安全な乗り物といえば、それなりの大きさの隕石や衛星をくりぬいた船ということになる。
外壁を、厚い岩石で覆われているため、小さな隕石程度の衝突では、びくともしない。
が、何よりもすばらしいことに、危険な放射線類から、乗り組員を守ってくれる。
仮に映画『スター・トレック』に出てくる、エンタープライズ号のような宇宙船だったら、隕石の衝突や放射線類から、乗り組み員を守ることはできない。

 では、動力源は何か。

 これも隕石や衛星をくりぬいた宇宙船であれば、方法は簡単。
緻密に計算をしながら、その上のどこかで、何かを爆発させればよい。
それでその宇宙船は、その反動によって、目的の方向に向かって、まっしぐらに進んでい
く。
もちろん宇宙船を止めるときには、その反対のことをすればよい。

 こうして考えて見ると、月が宇宙船であっても、なんらおかしくはない。
ないばかりか、実に精巧、かつ科学的に作られた乗り物ということになる。

 ちなみに月空洞説を裏付ける、ひとつの事実を紹介しよう。

 「月に人類が到達する以前解明されていたのは、『月の密度は地球の半分くらいだ』ということぐらいだった。
実際、月の密度は、地球の約6割だった。
月の土、1立方センチメートルと、地球の土1立方センチメートルでは、地球の方が、約2倍も重いということだ」(同書、111P)と。

 言い換えると、月の内部の40%は、空洞ということになる。

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●超常現象

 改めて『月の先住者』を読んで、私は、ふと、こう思った。
「私はこの30年近く、何をしていたのか」と。

 この地球には、いろいろな問題がある。
教育問題からはじまって、時事、環境、宗教、哲学、医学問題などなど。
しかし私たちが住む、この地球のそばに宇宙人がいて、それが月に住んでいるかもしれないという話については、ほとんど考えてこなかった。

 さらにとても残念なことに、この日本では、UFO問題にしても、幽霊や心霊と同格の、「超常現象」として位置づけられている。
そのためこの日本では、「UFOを見た」というだけで、奇人、変人扱いされる。

 しかしUFOは、「科学」である。
少なくとも科学的に解明されうる世界の乗り物である。
また科学の対象と考えて、なんらおかしくない。
それを一部の良識派(?)と呼ばれる科学者たちは、UFOを否定することによって、自分たちの良識性を誇張する。
 
 が、もしいつか、(やがてその日は来るだろうが)、UFOなるものが、その姿を私たちの前に姿を現したとき、そういった人たちは、どう自分たちの(非良識性)を弁解するのだろうか。

 私とて、「見たものは見た」というだけで、どれだけ、白い目で見られたことか!
これからも、自分が納得するまで、この問題を追求してみたい。

●BT氏

BT氏に、私はあるとき、こう言った。
「私は、あのUFOを見て以来、ずっと、自分の中のもう一人の自分と闘わねばなりませんでした。
『私が見たのは、幻覚だ、夢だ、見まちがいだ』と言う私自身。
しかし一方で、『見たものは見た』とがんばる私自身。
ときに、『見たものは見た』という私自身が負けそうになりましたが、そういうとき、ワイフが、『私も見た』と言のです。
それでまた話が、振り出しにもどってしまう……。
毎回、その繰り返し。
記憶も、時間とともに、どこか薄れてきます。
もし見たのが私ひとりだけだったら、私はもう一人の自分に負けてしまっていたかもしれません。
今ごろは、『やっぱり、あれは幻覚だったのだ』と、自分を納得させてしまっていたでしょう。
私は死ぬまでに、何としても、あの夜に見たものが何であるか、それに決着をつけておきたいのです」と。

BT氏についても、事情は同じ。
BT氏もこう言った。
「私も弟と2人で見ました。
私も、もし私ひとりだけで見ていたら、今ごろは、『やっぱりあれは夢だったのだ』と自分を納得させてしまっていたでしょう」と。

しかしE・ミシェル博士の言葉で、私は、救われた。
肩の荷がはずされたというか、スーッと心が軽くなるのを感じた。
と、同時に、大きな使命感のようなものを覚えた。

私ももう64歳。
世間に遠慮しなければならない年齢ではない。
書きたいことを、書く。
伝えたいことを、伝える。
私のことを、奇人だとか、変人だとか、そういうふうに思いたければ思うがよい。

……しかし、この爆発的なエネルギーはどこから生まれてくるのか。
つい先日まで、私はUFOについてものを書くということ自体に、嫌気すら覚えていた。
その私が、何かに取りつかれたように、今、こうして文章を叩いている。

……で、この話とは別に、私には、こんな奇妙な体験がある。
それについて書く前に、この話に出てくる、DK君について書いておく。

DK君は、現在、オーストラリアのM大学で、教授職級の地位にいる。
そのDK君が、この2月に日本へ、娘さんといっしょに、来た。
そしてあの日のことについて、話し合った。
DK君も、あの日のことをよく覚えていた。
そしてその話になると、「ヒロシは、その話をよくするが、たしかに、あの日のことは、
理解できない」と言った。

●不可解な体験

当時の私たちは、UFOについて、ほとんど興味はなかった。
知識もなかった。
(アダムスキー型のUFOについては、俗説程度には、知っていたが……。)
いわんや、それがUFO現象と関係あるなどとは、思ってもみなかった。
「アダプション(誘拐)」という言葉にしても、それを耳にしたのは、それから10年以上もたってからのことである。

●不可解な体験

が、私には、こんな不可解な体験がある。

結婚したとき、ワイフにだけは打ち明けたが、こうしてものに書くのははじめて。
だからといって、前もって断っておくが、これはウソではない。
ここにはウソは書かない。
こういう話は、書けば書いたで、私の評論家としての資質が疑われる。
「頭がおかしい」と思う人だっているかもしれない。
事実、「林君も自分の仕事を考えたら、そういうことは人には言わないほうがよいよ」とアドバイスしてくれた人もいる。
それはわかっているが、しかしあえて書く。

●オーストラリアで

 オーストラリアに留学していたときのこと。
あと一か月ほどで、日本へ帰るというときのことだった。
オーストラリアの暑い夏も、終わりに近づいていた。
私は友人のDK君にビーチハウス(海の別荘)で、最後の休暇を過ごしていた。
ビーチハウスは、ローンという港町の手前、一〇キロくらいのところにあった。
避暑地として有名なところで、そのあたりには、「グレートオーシャンロード」という名前の街道沿いに、無数の別荘が点在していた。

 ある日のこと。
DK君の母親が、サンドイッチを作ってくれた。
私とDK君は、そのサンドイッチをもって、ピクニックにでかけた。
「ビクトリア州の最南端にある、オッツウェイ岬(Cape Otway)に行こう」ということになった。
時刻は忘れたが、朝、ほどよい時刻に出かけたと思う。
あともう少しで、オッツウェイ岬というところで、ちょうど昼食時になったのを覚えている。
小高い山の中に入って、私たちは車の上に座って、そのサンドウィッチを食べた。

 そこからオッツウェイ岬までは、車で半時間もかからなかったと思う。
彼らがいうブッシュ(やぶ=雑木林)を抜けてしばらく走ったら、オッツウェイ岬だった。

 私たちは岬へつくと、百メートルくらい先に灯台が見える位置に車を止めた。
そして車の外へ出ると、岬の先のほうへと向かって歩き出した。
そのときのこと。
どちらが言ったわけではないが、「記念に大地に接吻をしよう」ということになった。
背丈の短い雑草が、点々と生えているような殺風景な岬だった。
ほかに見えるものといえば、灯台だけだった。
たしか、「オッツウェイ岬」「オーストラリア、最南端」というような表示だけは、どこかにあったように思う。
私たちは地面に正座してひざまずくと、そのまま体を前に倒した。
そして地面に顔をあてたのだが、そこで記憶がとだえた。

 気がつくと、ちょうど私が顔を地面から離すところだった。
横を見ると、DK君も地面から顔を離すところだった。
私とDK君は、そのまま車に戻り、帰り道を急いだ。
ほとんど会話はなかったと思う。

 そのオッツウェイ岬からは、舗装された道がつづいていた。
そしてほどなく、アポロベイという港町に着いた。
港町といっても、波止場が並ぶ、小さな避暑地である。
私たちはそのひとつのレストランに入って、ピザを食べた。
日はとっくに暮れていた。
まっ暗といったほうが正確かもしれない。

 この話はここで終わるが、それからほぼ一週間後のこと。
そのとき私とDK君は、DK君の両親の住むジーロンの町の家にきていた。
そこで、ベッドに入って寝る前に、私はDK君に、こう切り出した。胸の中でモヤモヤしているものを、吐き出したかった。

 「DK、どうしてもわからないことがある……」
 「何だ、ヒロシ?」
 「いいか、DK、あの日ぼくたちは昼食を食べたあと、オッツウェイ岬に向かったね」
 「そうだ」
 「サンドイッチを食べたあと、すぐオッツウェイ岬に向かった。時間にすれば、30分もかからなかったと思う」
 「そんなものだな、ヒロシ」
 「でね、DK、そのオッツウェイ岬で、同時に二人とも眠ってしまった。そんな感じだった。あるいは眠ったのではないかもしれない。同時に地面に顔をつけ、同時に地面から顔を離した。覚えているだろ?」
 「覚えている……」
 「それでだ。ぼくたちは、オッツウェイ岬から帰ってきた。そしてあのアポロベイの町で、夕食を食べた。ぼくはそれがおかしいと思う」
 「……?」
 「だってそうだろ。オッツウェイ岬から、アポロベイまで、どんなにゆっくりと走っても、一時間はかからない。が、アポロベイへ着いたときには、あたりはまっ暗だった。時刻にすれば、夜の7時にはなっていた。ぼくたちは、同時にあの岬で眠ってしまったのだろうか」と。

 昼過ぎにオッツウェイ岬に着いたとしても、午後1時か2時だったと思う。
それ以上、遅い時刻ではなかった。
が、そこからアポロベイまで、一時間はかからない。
距離にしても、30キロくらいしかない。
が、アポロベイに着いたときには、もうとっぷりと日が暮れていた! 
どう考えても、その間の数時間、時間がとんでいる!

 私はその話をDK君にしながら、背筋がどこかぞっとするのを感じた。
DK君も同じように感じたらしい。
さかんに、ベッドの上で、首をかしげていた。

 そのオッツウェイ岬が、UFOの有名な出没地であることは、それから数年たって、聞いた。
DK君が、そのあたりで行方不明になったセスナ機の事件や、UFOが撮影された写真などを、そのつど届けてくれた。
一枚は、あるカメラマンが海に向けてとったもので、そこには、ハバが数100メートルもあるような巨大なUFOが写っていた。
ただしそのカメラマンのコメントによると、写真をとったときには、それに気づかなかったという。

 さらにそれから5、6年近くたって、私たちと同じような経験をした人の話が、マスコミで伝えられるようになった。
いわゆる、「誘拐」(アブダクション)というのである。
私はあの日のあの経験がそれだとは思いたくないが、どうしてもあの日のできごとを、合理的に説明することができない。

簡単に言えば、私とDK君は、地面に顔をつけた瞬間、不覚にも眠ってしまったということになる。
そして同時に、何らかのきっかけで起きたということになる。
しかも数時間も! 
夏の暑い日である。

しかし現実にそんなことがあるだろうか。
私はその前にも、そのあとにも、一度だって、何の記憶もないまま、瞬間に眠ってしまったことなど、ない。
電車やバスの中でもない。寝つきは悪いほうではないが、しかし瞬間に眠ってしまったようなことは、一度もない。

 私とDK君は、UFOに誘拐されたのか?

 今になってもときどきDK君と、こんな話をする。
「ぼくたちは、宇宙人に体を検査されたのかもね」と。
考えるだけで、ぞっとするような話だが……。

●再びUFO

 ワイフとUFOを見たときの話は、前にも書いた。
繰り返すが、私たちがあの夜見たものは、絶対に飛行機とか、そういうものではない。
それに「この世のもの」でもない。
飛び去るとき、あたかも透明になるかのように、つまりそのまま夜空に溶け込むかのようにして消えていった。
飛行機のように、遠ざかりながら消えたのではない。

 私はワイフとその夜、散歩をしていた。
そのことは前に書いたとおりである。
その原稿につけ加えるなら、現れるときも、考えてみれば不可解な現れ方だった。
これについても、前に書いたとおりである。
この点については、ワイフも同意見である。
つまり最初、私もワイフも、丸い窓らしきものが並んで飛んでいるのに気づいた。
そのときは、黒い輪郭(りんかく)には気づかなかった。
が、しばらくすると、その窓を取り囲むように、ブーメラン型の黒いシルエットが浮かびあがってきた。
そのときは、夜空に目が慣れてきたために、そう見えたのだと思ったが、今から思うと、空から浮かびあがってきたのかもしれない。

●造反したのは、E・ミシェル博士だけではなかった!

月表面のみならず、この地球上でも、またその間の宇宙空間においてでさえも、今までにぼうだいな数の、UFO目撃例がある。
しかしどういうわけか、NASAは、それらすべてを否定している。

UFOに関する情報は、NASAの中でも、極秘中の極秘、最高度のトップ・シークレット扱いということは、容易に推察できる。
が、今回、E・ミシェル博士は、あえて、その暴露戦術に、うって出た。
が、ほかにも、いた。

「月面に9番目に人類として足跡を残した、宇宙飛行士のジョン・アームストロングは、
月でのUFOの存在について、こう語った。
『もし君が(UFOが)存在しないと思うなら、勝ち目のない勝負をしているようなものだ』と。

また同じく宇宙飛行士のユージン・サーナンは、『UFOは、どこか他の文明から来たと信じている』といっている」(以上、「月の先住者」)と。

E・ミシェル博士自身の言葉も、収録してある。

「月での6番目の人類となった宇宙飛行士、エドワード・ミッチェル(本書では、「ミチェル」となっている)は、UFOについて、こう述べている。
『UFOに関して、あとわからないのは、どこからやってきたのか、ということだけだ』」と。

 私は、月での不可思議現象を、ひとつずつ、検証してみたい。
が、その中でも、とくに私の注意をひいてやまないのが、『オニール橋』である。
私は子どものころ、(小学3年生前後ではあなかったかと思うが、記憶は定かではない)、何かの博覧会で、そのオニール橋について知った。

 そこには大きなパネルで、月のクレーターからクレーターにまたがってかかる、巨大な岩石のアーチが描かれていた。
見た感じは、大きな洞窟のような感じだった。
子どもが泥で作る、橋のようなものを想像すればよい。
が、そのオニール橋はその後、その場所から、こつ然と姿を消す。
一説によれば、巨大なUFOが、2つのクレーターの山の上にまたがって、着陸していたということだが、真偽のほどはわからない。

「月の先住者」のなかにも、そのオニール橋に触れた箇所がある。
それをそのまま紹介する。

「……そのころのもっとも驚くべき記事は、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の科学部門編集者であった、ジョン・オニール氏が、1954年に危難の海に、巨大な橋のような建築物が見えると発表したときだった。

 おもしろいことには、他の著名な天文学者にも各自の望遠鏡で、その橋らしきものが確認されたことだった。
ある者は、その橋は全長12マイル(約20キロ)にも達するといった。

 はたしてその(橋)が建築物であったのか、それとも単に自然のなせる技だったのだろ
うか。
英国の有名な天文学者である、H・P・ウィルキンス博士(英国天文学協会、月面課主任)は、BBCのラジオ番組の中で、『(橋)らしきものは、建造物のようだ』(『UFOの陰謀』、ドナルド・キーホー、1975)と発言した。

 さらにその番組で、『建造物とは具体的にどういうことなのですか』と質問され、『つまり、それは技術的に作られたものだということです』と答えている。

 そしてその(橋)は地面に影を落としていて、外観もふつうの(橋)のようだと付け加えた。
またこの月の権威者は、『橋の下に太陽光が差し込んでいるのさえ、よく見える』と述べ、人々をびっくりさせた。

 このラジオ番組の中で、ウィルキンス博士は、この(橋)が、『自然にできたものである』とは一度も言わないばかりか、『人工のものらしい』と、何度も述べたのだった。

 危機の海自体、かつて何度もよく観察され、研究されつくした場所だけに、以前この(橋)が存在しなかったことは事実である。
そればかりか、この(橋)は近年になって、他の惑星の人類(?)によって建設された可能性が大となった。

 他にも、たくさん、知的生物によって、四角形、あるいは三角形の壁状のものや、ドームのようなものでさえ造られつづけ、どこからともなく現れては消えた……」(同書、P17〜18)と。

 現在の今、そのオニール橋なるものは、存在しない。
また1954年に発見されたというのだから、私が、満7歳のときのことである。
私がどこかの博覧会で、その橋の想像図を見たのは、その直後のことということになる。

●月は、巨大なUFO?

 「月の先住者」(ドン・ウィルソン著・たま出版)には、明らかなまちがいも多い。
しかしおもしろい。
懸命に事実に近づこうという姿勢が、30年を経て、私の心に強く響く。

要するに、月には、謎が多いということ。
そしてその謎を集約していくと、月は、巨大なUFOということになる、ということ。

 繰り返す。

 私が子どものころには、月の危難の海というところに、オニール橋というのがあった。
オニール(ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の科学部長であったJ・J・オニー
ル)という科学者が発見したから、「オニール橋」というようになった(1953年7月)。
どこかの科学博覧会に行ったら、その想像図まで展示してあった。
一つの峰からつぎの峰にまたがるような、端から橋まで、20キロもあるような橋だったという。

 が、そんな橋が、月の上にあること自体、おかしなことだった。
しかもそんな橋が、それまで発見されなかったことも、おかしなことだった。
それまでに、無数の天文学者が、望遠鏡で月をのぞいていたはずである。

 しかし、最大の謎は、その後まもなく、そのオニール橋が、その場所から消えたということ。
なぜか。
その本によれば、あくまでも、その本によればの話だが、それは巨大なUFOだったという。

 そこでインターネットを使って、オニール橋を調べてみた。
ヤフーの検索エンジンを使って、「月 オニール」で検索してみると、いくつか出てきた。
結局、オニール橋は、一部の研究者の「見まちがい」ということで、公式には処理されているようだ。(残念!)

 私自身は、信じているとかいないとかいうレベルを超えて、UFOの存在は、確信している。
ワイフと私は、巨大なUFOを目撃している。
私たちが見たのは、幅が数キロもあるような巨大なものだった。
だからオニール橋が、巨大なUFOだったとしても、驚かない。

●ロマン

 しかしこういうのを、私たちの世界では、「ロマン」という。
つまり、「夢物語」。
だからといって、どうということもないし、また何ができるということでもない。
またそれを基盤に、何かをすることもない。
ただの夢物語。
しかし心地よい夢を誘うには、この種の話が、一番。おもしろい。
楽しい。
それはちょうど、子どもたちが、かぐや姫の話を聞いて、夜の空に、ファンタジックな夢をはせるのと同じようなものではないか。

 興味のある人は、その本を読んでみるとよい。
しかしあまりハマらないように! UFOの情報は、インターネットで簡単に手に入るが、そのほとんどのサイトは、どこかの狂信的なグループ(カルト)が、運営している。
じゅうぶん注意されたい。

●UFO

また少し前には、この日本の国会議員たちが、「UFO」という言葉を、よく口にした。
国会という、公式の場でも、この問題が取りあげられたこともある(07年12月)。

一応、政府見解は、「存在しない」。
が、一部の議員たちは、「信じている」、「いると思う」などと発言している。

こうした一連の発言は、日本が打ちあげた月探査衛星「かぐや」と、どこかでつながっているのではないだろうか?
つまり「かぐや」は、とんでもない映像を地球へ送り届けてきた(?)。

「とんでもない」というのは、「ありえない」という意味であり、私はそれがUFOであっても、少しも、おかしいとは思わない。

アポロ宇宙船で、月の裏側に回ったある宇宙飛行士は、こう言ったという。

「まるでラッシュ・アワーのように、UFOが飛び交っている!」と。
ラッシュアワー!

●私の空想

 月の内部には、巨大な空間がある。
その中心部では、プラズマの人工太陽が、さんさんと輝いている。
月の内側に住む住人たちは、地球人の私たちと同じような生活をしている。

 一見、荒唐無稽(むけい)のような話だが、こうした説を信じている人は多い。
科学者の中にも、いる。
先に書いた、オニール橋の話にしてもそうだ。
「あった」ということよりも、「消えた」。
そういう話を聞くと、月へのロマンが、かぎりなく、ふくらむ。

 月の住人たちは、どこから来たのか?
 月の住人たちは、何をしているのか?
 月の住人たちは、地球人の私たちを、どうしようとしているのか?

 あの月をくりぬいて住むほどの宇宙人だから、かなり頭のよい人たちとみてよい。
私たち人間より、ひょっとしたら、何千年も、何万年も進化しているかもしれない。
あのUFOにしても、光速に近いスピードで、宇宙空間を自由自在に動き回っているという。
私が見たUFOにしても、空にそのまま溶け込むかのようにして、消えていった……。

 「かぐや」は、どんな映像を送ってきたのか? 
その一部は、インターネット上でも公開されているが、どれも高・高度からのものでしかない。
私(=私たち)が見たいのは、もっと低高度で撮った、倍率の高い写真である。
 
 そこには、月に住む住人たちの、その直接的な証拠が写っているかもしれない。

●月の不思議

 私自身もこんな発見をしている。
月の南極の写真を見ていたときのこと。
ちょうど南極付近に、きれいな円形の二つのクレーターがある。
「きれいな」と書いたが、実際には、真円である。
まるでコンパスで描いたような真円である。

 そこで二つのクレーターの直径を調べてみた。
パソコンの画面上での測定なので、その点は不正確かもしれないが、それでも、一方は、3・2センチ。
もう一方も、3・2センチ! 
実際の直径は、数一〇キロはあるのもかもしれない。
しかしその大きさが、ピタリと一致した!

 しかしこんなことが、実際、ありえるのだろうか。

 もともとこのあたりには、人工的な構造物がたくさん見られ、UFO研究家の間でも、よく話題になるところである。
実際、その二つのクレーターの周囲には、これまた謎に満ちた影がたくさん写っている。

 そこでさらに調べてみると……というのも、おかしな言い方だが、ともかくも、あちこちのサイトを開いてみると、こうした構造物があるのは、月だけではないことがわかった。
火星はもちろん、水星や、金星にもある。エウロパやエロスにもある。
つまりいたるところにある。

 こうした写真は、アメリカのNASAから漏れ出たものである。
一説によると、月だけでも、NASAは、数10万枚の写真をもっているという。
公開されているのは、そのうちの数パーセントにすぎないという。
しかも、何かつごうの悪い写真は、修整されたりしているという。
しかし、クレーターまでは、消せない。
それが、ここに書いた、二つのクレーターである。

(写真に興味のある人は、私のホームページから、(右下・ビデオであいさつ)→(動画コーナー)へと進んでみてほしい。一覧表の中から、月のクレーターを選んでクリックすれば、その写真を見ていただける。)

●下からの視点、上からの視点

 地球上にいて、それこそ地上のカビのような存在でしかない私。
その私がはいつくばって東洋医学の勉強をした。その私が、天を見あげながら、「ひょっとしたら……」と考える。

 一方、宇宙には、すでに無数のエイリアンたちがいて、惑星間を回りながら、好き勝手なことをしている。
中には、月そのものが、巨大なUFOだと主張する科学者さえいる。

 もちろん私は、宇宙から地球を見ることはできない。
しかし頭の中で想像することはできる。
そしてこれはあくまで、その想像によるものだが、もし私がエイリアンなら、人間の改造など、何でもない。
それこそ、朝飯前? 
小学生が電池をつないで、モーターを回すくらい簡単なことだ。

 この二つの視点……つまり下から天をみあげる視点と、天から人間を見る視点の二つが、合体したとき、何となく、この問題の謎が解けるような気がする。
「この問題」というのは、まさに「人間に、約5500年前に起きた変化」ということになる。

 その5500年前を境に、先に書いたように、人間は、飛躍的に進化する。
新石器時代から、有史時代へ。
しかもその変化は、メチャメチャ。
その一つが、少し前に書いた、『黄帝内経』である。
黄帝というのは、司馬遷の「史記」の冒頭を飾る、中国の聖王だが、だからといって、黄帝内経が、黄帝の時代に書かれたものと言っているのではない。

 中国では古来より、過去の偉人になぞらえて、自説を権威づけするという手法が、一般的になされてきた。
黄帝内経も、そうして経緯で生まれたと考えるのは、自然なことでもある。
しかし同時期、メソポタミアで起きたことが、そののち、アッシリア物語として記録され、さらにそれが母体となって旧約聖書が生まれている。
黄帝内経が、黄帝とまったく関係がないとは、私には、どうしても思われない。

●秋の夜のロマン

 あるとき、何らかの理由で、人間が、エイリアンたちによって、改造された。
今でいう、遺伝子工学を使った方法だったかもしれない。

 そして人間は、原始人から、今でいう人間に改造された。
理由はわからない。
あるいはエイリアンの気まぐれだったかもしれない。
とりあえずエイリアンたちが選んだ原始人は黄河流域に住んでいた原始人と、チグリス川、ユーフラテス川流域に住んでいた原始人である。

 改造された原始人は、もうつぎの世代には、今でいう現代人とほとんど違わない知的能力をもつようになった。
そこでエイリアンたちは、人間を教育することにした。言葉を教え、文字を教えた。
証拠がないわけではない。

 中国に残る甲骨文字と、メソポタミアに残る楔形(くさびがた)文字は、たいへんよく似ている。
形だけではない。

 中国では、「帝」を、「*」(この形に似た甲骨文字)と書き、今でも「di」と発音する。
「天から来た、神」という意味である。
一方、メソポタミアでは、「神」を、同じく、「*」(この形に似た楔形文字)と書き、「dingir(ディンギル)」と発音した。
星という意味と、神という意味である。
メソポタミアでは、神(エホバ)は、星から来たと信じられていた。
(詳しくは、私が書いた本「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)を読んでいただきたい。)

 つまり黄河文明でも、メソポタミア文明でも、神は「*」。
発音も、同じだったということ。
が、これだけではない。言葉の使い方まで、同じだった。

 古代中国では、「帝堯(ぎょう)」「帝舜(しゅん)」というように、「位」を、先につけて呼ぶならわしがあった。
(今では、反対に「〜〜帝」とあとにつける。)メソポタミアでも、「dingir 〜〜」というように、先につけて呼んでいた。
(英語国などでも、位名を先に言う。)

 こうして今に見る人間が生まれたわけだが、それがはたして人間にとって幸福なことだったのかどうかということになると、私にも、よくわからない。

 知的な意味では、たしかに人間は飛躍的に進化した。
しかしここでも、「だからどうなの?」という部分がない。
ないまま進化してしまった。
それはたとえて言うなら、まさにそこらのサルに知恵だけ与えたようなものである。

 わかりやすく言えば、原始的で未発達な脳の部分と、高度に知的な脳の部分が、同居することになってしまった。
人間は、そのとたん、きわめてアンバランスな生物になってしまった。
人間がもつ、諸悪の根源は、すべてここにある?

 ……これが私の考える、大ロマンである。
もちろん、ロマン。
SF(科学空想)。
しかしそんなことを考えながら天の星々を見ていると、不思議な気分に襲われる。
どんどんと自分が小さくなっていく一方で、それとは反比例して、どんどんと自分が大きくなっていく。
「人間は宇宙のカビ」と思う一方で、「人間は宇宙の創造主」と思う。
相矛盾した自分が、かぎりなく自分の中で、ウズを巻く。

●心配

が、心配なことも、ないわけではない。
UFOが公然と語られるようになり、それを操縦する宇宙人の存在が明らかになるということは、それだけ人類滅亡の危機が迫っていることを示す。

いつだったかこれについて詳しく書いたことがあるが、人類に希望があるかぎり、宇宙人は、人類の前に姿を現すことはない。
しかしその希望がなくなったとき、宇宙人は、自らの姿を、私たち地球人の前に現すであろう。
そのことは、宇宙人という外惑星人に視点を置いてみるとわかる。
近い将来、絶滅するとわかっている地球人に対して、どうして自分たちの存在を隠さなければならないのか。

言うまでもなく、地球温暖化(Global Warming)の問題は、それほどまでに深刻になりつつあるということ。
2100年までに、地球の平均気温は、4〜6度も上昇するというが、しかし気温上昇が、2100年で止まるわけではない。

仮にここで今、化石燃料の使用を停止したところで、その後も、不測の事態がさらなる不の事態を招き、地球の平均気温は、さらに上昇する。
2200年までに、さらに4〜6度(この数字とて、控えめなものだが……)上昇すると考えるのは、甘い。
一説によると、その後、地球の平均気温は、二次曲線的に上昇し、最終的には、400度
Cにまで上昇するという。

私が「地球火星化」という言葉を使うのは、そのためである。
そう、まさに地球は、火星化する。
が、本当にこわいのは、火星化ではない。
そこに至る過程。
人間は、生き残るために、壮絶なバトルを繰り返すはず。
暴動、略奪、戦争……と。
静かに絶滅するということは、ありえない。
そのバトルが、こわい。
そこはまさに、地獄絵図にさらに無数の地獄絵図を重ねたような世界になるはず。
それがこわい。

エドガー・ミシェル博士の告白を、「希望」ととるか、それとも「絶望」ととるか。
とても残念なことだが、私は、「絶望」ととる。

●宇宙人

宇宙人の存在が、ここまで確定的に断言されると、つぎに私たちは、こう考える。
「では、現在、エイリアンたちは、どこに住んでいるか」「またどんな生き物なのか」と。

これについては、すでに多くの研究家たちが、つぎのような推論をくだしている。

(1)彼らは、月などの衛星内部をくりぬいて、その中に居住している。

ほかにも、火星や木星の衛星が考えられている。
火星や木星の衛星かもしれない。
地球へ自由にやってくることからもわかるように、彼らは、すでに地球上の細菌やウィルスに対して、免疫性をもっているか、あるいは人間の兄弟的存在であると考えてよい。

地球上で二足歩行できるということであれば、彼らが住む居住空間の重力は、この地球とほとんど変わらないということになる。
少なくとも、無重力状態ではないらしい。

(2)地球よりは弱い重力の世界で、そこは薄暗い空間である。

巨大な目と瞳をもっているということから、(あくまでも人間と比較しての話だが……)、かなり暗い空間に住んでいるものと想像される。
恐らく地球の夜程度の光があれば、あたかも私たちが日中に、景色を見るように、夜の景色を見ることができるはず。
反対に、日中は、光がまぶしくて、何も見えないかもしれない。
そのため眼球に直接張りつける、黒いサン・スクリーンのようなものを、装着している。

また頭が巨大であることから、人間のように、母体の産道を通り抜けて生まれるタイプの生物ではないらしい。
恐らく体外受精による、人工胎盤によって育成されるタイプの生物と考えてよい。

(3)性格はきわめて温厚で、平和的である。

エドガー・ミシェル博士も述べているように、「もし彼らが人類に対して敵対的であるなら、人類は、とっくの昔に絶滅していただろう」ということになる。
またそうであるからこそ、彼らもまた、ここまで進化するまで、存在することができた。
仮に人間のように、好戦的で、挑発的であったとしたら、宇宙人といえども、その進化の過程で、戦争を繰りかえし、絶滅していたはずである。

が、これから先のことはわからない。
「このまま地球人を生かしておいたら、人類どころか、地球そのものが、火星化してしまう」とわかれば、宇宙人のほうも、遠慮していないだろう。
私の印象では、この太陽系の中で、彼らの食糧を生産できるのは、この地球だけということになる。
地球が火星化すれば、彼らとて、絶滅の危機に直面することになる。

彼らが公然とその姿を、地球人の前にさらけ出したとき、すなわちそのときこそが、地球人の最期ということになる。

●人間と宇宙人

 さらに問題がつづく。

私はかねてから、こう書いてきた。
「宇宙人がおおっぴらに、人間の前に姿を現すのは、人類最期のときである」と。
宇宙人にしても、自ら身を隠す必要がある間は、身を隠す。
少なくとも、存在を明らかにする必要がないときは、身を隠す。
あえて地球人である人間を、混乱させる必要はない。

それは自然動物園を守る、管理者の心理に共通する。
動物園内の動物は、できるだけそっとしておいてやるのがよい。
自然動物保護の世界には、『暖かい無視』という言葉さえある。
あれこれ人間が手出しするのは、最低限がよいという意味である。

しかしもし動物園の中が混乱し始めたとしたらどうだろうか。
動物たちがともに殺しあったり、施設を勝手に破壊し始めたとしたら……。
当然のことながら、自然動物園の管理者たちは、園の中に割って入り、動物たちを隔離したり、保護したりするだろう。

それだけではない。

宇宙人にしても、この地球が、太陽系の中でも、食糧が確保できるゆいいつの惑星と考えてよい。
一説によれば、宇宙人たちは、海草を中心とする、ヨード系の食物を口にしていると言われている。
地球の温暖化が進んで、そうした食物の確保がむずかしくなるということになれば、彼らにとっても、重大問題ということになる。
だまって見過ごすわけにはいかない。

●どこに住んでいるか?

 月は空洞だった。
ロシアの2人の科学者が言い出したことだが、この月空洞説に、UFO基地説に重ね合わせてみると、今まで合点のいかなかったことが、頭の中ですっきりする。
ジグソーパズルをしていて、コマがぴったり重なったときのような気分である。

一方、宇宙人にしても、月の内部ほど、快適な居住空間はない。

重力は、地球の6分の1、あるいは場所によっては、それ以下。
(だから穴を掘るのも、楽?)
太陽からの有害な放射線は、月の厚い岩石が防いでくれる。
一見荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが、考えれば考えるほど、つじつまが合ってくる。

事実、アポロ飛行士の中には、月のクレーターの間から出入りするUFOを目撃した人もいるという。
さらに太古の昔、チベットには、天に使者に連れられて、月の内部の世界を見たという伝説まで残っている。
私たちが今に見る、絵曼荼羅は、その月の内部の世界を表現したものだと説く研究家もいる。

今の段階では、すべて風説ということになっているがUFOの存在が確認され、宇宙人の存在が確認されれば、そのひとつひとつが、人類の歴史をひっくり返すような(事実)となって、表に出てくる。
アメリカのNASAが心配するまでもなく、人間に与える衝撃には、はかりしれないものがある。

●人類は、宇宙人の子孫なのか?

 前にも取り上げたが、あの黄帝内経には、「地球の大気」についても書いている部分もある。
「地球は球である」「地球は虚空の宇宙を回転しながら浮かんでいる」という記述にも出会った。
(詳しくは、私のHP上で紹介。「目で見る漢方診断」を参照。)

宇宙人がそこにいたとするなら、当然のことながら、私たちは常に、宇宙人の監視と
指導を受けてきたと考えるのが、自然である。
(そうでないと考えるのは、その数百倍も、不自然である。)

「指導」といっても、直接的な会話によるものもあっただろうが、もう少し高度な立場では、たとえば遺伝子操作による人間の改造も、考えられる。
直接人間の脳みその中に、情報チップを埋め込むという方法も、あるだろう。
「将来的にはそういう方法も可能になる」と、あのホーキング博士も書いている。

●超高度な文明?

宇宙人がもっている技術力は、人間のそれをはるかに超えたものと考えるのが自然である。
すでに数十世紀にわたって、このあたりの宇宙を自由に航行していたであろうということ。
それだけでも、彼らのものすごさがわかる。
私とワイフが目撃した巨大なUFOしても、頭上にきたあとは、猛スピードで、東の空に消えていった。
まるで空に溶け込むかのように、だ。

人間が乗っている飛行機とは、比べものにならない。

一方、今、私たちが最先端の技術として手にしている、コンピュータ技術、遺伝子工学、宇宙工学などにしても、この半世紀の歴史しかない。
おそらく宇宙人の目に映る人間は、チンパンジーか何かのようではないか。
宇宙人がその気にさえなったら、人類など、部屋の中のハエを殺虫剤で殺すほど簡単に、殺してしまうかもしれない。

●なぜ、今なのか?

しかしなぜ、今なのか?
5500年前から人類にかかわってきたとしても、彼らはけっして、その姿をおおっぴらに、私たちの前に現すことはなかった。
が、なぜ、今なのか?

E・ミッシェル博士は「さらに重大な開示が予定されている」と述べている。
言葉通りに解釈すれば、もっとはっきりとした証拠なり事実が示されるということになる。
だとすると、さらに「なぜ、今なのか?」という疑問が膨らんでくる。

が、今さら、言うまでもない。
この問題は、地球温暖化と、深くかかわりあっている。
現在考えられている対策がすべて実行されたとしても、2100年までには、日本の気温についてだけをみても、4〜5度も上昇するという。

中には、「たった4〜5度?」と思う人もいるかもしれないが、4〜5度もあがれば、真冬でも、現在の夏のような気候になる。
地球温暖化の影響は、赤道付近よりも、南北の極地方、また季節で言えば、寒い冬のほうに、より大きく現れる。

が、そこで地球温暖化が止まるわけではない。
2100年以後も、また2200年以後も、つづく。
2300年以後もつづく。

そのとき、地球は、どうなっているか?

地球温暖化の問題よりも、私は人類の精神の荒廃のほうを危惧する。
自暴自棄になった人々が、それこそどんなことをしでかすようになるか、
私はそれを心配する。
それこそ先に書いた地獄絵図そのままの世界が、そのまま具現化される。

●宇宙人の視点で……

そんなとき、もしあなたが宇宙人なら、どうするだろうか?
それをだまって見ているだろうか。
それとも、人間の世界に、積極的に介入していくだろうか。

人間の私が、自分たちの心理状態を基本に、彼らの心を推し量るのは正しくない。
彼らは、私たち人間とはまったくちがった、思考回路をもっている。
感情の中身もちがうだろう。
精神構造もちがうだろう。
ひょっとしたら、人間がもっているような、喜怒哀楽の感情はないかもしれない。
あるいは反対に、たいへん愛情深く、慈愛に満ちた生物かもしれない。

ひょっとしたら、旧約聖書の中に出てくる、「ソドムとゴモラ」のように、
一気に、人間を焼き払ってしまうかもしれない。

が、反対に、ひょっとしたら人間の愚かさを指摘し、人間を指導し、さらには地球温暖化防止のための知識を分け与えてくれるかもしれない。
が、そこまで期待できるかどうかというと、それはむずかしい。
反対の立場で、「私たち人間は、生き延びる価値があるかどうか」ということを考えみれば、それがわかる。

あるいは、あなたならどうだろうか。
だれかに、「あなたは生き延びる価値があるかどうか」と聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。

●宇宙人の限界

が、宇宙人が、全知全能かというと、私は、そうは思わない。
絶対的な(数)、つまり人口そのものが少ないということも考えられる。
あるいは、宇宙人と呼ばれる(人)は、実は(人)ではない可能性もある。

もっとメカニックな、つまり人間が手にした人工知能のかたまりのようであるかもしれない。

……と書くと、「あのグレイは何か?」と思う人もいるかもしれない。
あのグレイ(本物かどうかは別として)、どこか人間的な体をしている。
しかしあのグレイをもって、宇宙人とするには、少し、無理がある。
私は、親分格の宇宙人は、もっと別の場所にいるのではないかと思っている。
別の場所にいて、グレイのような手下を、ロボットのようにして使っている?

つまりこのあたりに、宇宙人のもつ力の限界がある。
「なぜ人間の前に姿を現さないのか?」という問題にしても、単純に考えれば、「それができないから」ということになる。
その(できない)部分が、そのまま彼らの(限界)ということになる。

●事実の一端

E・ミシェル博士のような人の発言を聞いて、私は、ほっとしている。
「いつか、そういう人が現れて、真実を語ってくれるだろう」とは思っていた。
しかしその一方で、「私が生きている間に、それをしてくれるだろうか」という不安もあった。

「間に合った」という言い方は、どこかおかしいかもしれないが、間に合った。
あの夜以来、ずっと私とワイフは考えてきた。
ときどき「夢だった」と、自分にそう思い込ませようとしたこともある。
しかし私たちの結論は、いつも同じだった。
「見たものは、見た」。

そこで私はいつしか、「自分が死ぬまでに、あの夜見たUFOの正体を知りたい」と思うようになった。
E・ミシェル博士の発言は、その一端を、私につかませてくれたことになる。
「私は、やはり、見たのだ」と。

●心の準備

この先、E・ミシェル博士が語っているように、「さらに重大な(serious)な発表」がつづくかどうか、今の私にはわからない。
しかしそれよりも重要なことは、そういう発表があるという前提で、私たち自身が、それに備えて、心の準備をしておくということ。

これは映画の中の話ではない。
現実の話である。

もし宇宙人の存在が確実になったとしたら、宗教はもちろん、歴史すらも、その根底からひっくり返ることになる。
そうした混乱に、人間は、どう対処したらよいのか。
また対処できるだけの度量はあるのか。
これはあくまでも仮定の話だが、仮に、(あくまでも仮に)、あのイエス・キリストですら、宇宙人とかかわりをもっていたとしたら、それだけで、キリスト教そのものが、ひっくり返ってしまう。

「今までの歴史は何だったのか」ということにもなるだろう。
あるいは今の今、神に救いを求めている人もいるはず。
そういう人たちは、信仰の基盤を、根元から破壊されてしまうことにもなりかねない。
この問題だけは、「宇宙人がいます」「はい、そうですか」というレベルで片づけられるような、単純なものではない。

夏の夜、あなたも、あの月を見ながら、そんなことを考えてみるとよい。
そこには、とてつもないほど壮大なロマンが隠されている。
プラス謎が隠されている。

●BT氏の話について補足

 BT氏とは、何度も会っている。
一度は大きな地図を床に置き、あのUFOが、どちらの方向から飛んできたかを検証してことがある。
結果、私とワイフが見たUFOは、正確に真西から真東へ、飛んで行ったことがわかった。
一方、BT氏と弟氏が見たUFOは、正確に真東から真西へ、飛んで行ったことがわかった。
ともに、地球を真横に横切っていったことになる。

 共通点は言うまでもなく、真夜中だったということ。
が、これは常識と考えてよい。
カメラをいじったことがある人なら、みな知っている。
レンズの口径は大きければ大きいほど、多くの光をとらえる。
もしグレイのような巨大な目(瞳)をもっていたとしたら、この地球上の日中の光には耐えられないだろう。
言い換えると、私たち地球人には夜でも、彼らにしてみれば、昼のようなもの。
だから「夜」ということになる。

 「観光旅行?」をするには、地球の夜の方がよいということになる。

●目的?

 BT氏は、「一度、UFOに乗せてもらいたい」と言う。
そう言いながら、私にこう聞いた。
「はやしさんは、何を望むのですか」と。

 が、私には、何かをしてほしいという気持ちは、まったくない。
ただ得体の知れない、不可解なものを見た。
その正体を知りたい。
それだけ。

 もしあのような不可解なものを、そのまま受け入れてしまえば、私の中にある(合理=ロジック)が、総崩れとなってしまう。
幽霊やあの世や、占いやまじないを信ずる人たちと、同じレベルになってしまう。
が、それは私自身を否定することになる。
この世で何が恐ろしいかと言えば、自己否定ほど、恐ろしいものはない。
人生も晩年になってそれをすれば、自分の人生そのものを否定するに等しい。

 が、見たものは見た。
見たものは見たのであって、どうしようもない。
その見たものが何であるか、それに納得したい。

●カルト化

 ただひとつ注意しておきたい。
今、現在、UFOを本尊にし、無数のカルト教団が生まれつつある。
勉強会開いたり、観察会を開いたりしている。
さらに未知の惑星や、未知の宇宙人に自分たちを結びつけ、その(教え?)を宣伝したりしている。

 しかし私はそういったものには、まったく興味がない。
関心もない。
むしろ私の考えは、逆。
宇宙人にもいろいろあるのかもしれない。
しかし私は、仮にそういったものが近くに降りてきたとしても、近づかないほうがよい……と思う。
動力源として、原子力エネルギーのようなものを使っている可能性は、じゅうぶん、ある。
UFOに手で触れたとたん、あの世行き……ということも、考えられなくはない。
実際、そういう例も、いくつか報告されている。
だから私はワイフには、こう言っている。

 「UFOを近くに見たら、まず逃げろ!」と。
「10にひとつでも、危険を感じたら、逃げろ!」と。
UFOといても、神でもないし、仏でもない。
私たちを善なる世界へ導く救世主と考えるのは、たいへん危険なことでもある。

●九州へ

 天気予報が気になる。
九州地方では、大雨がつづいている。
NHKのまとめによると、14日午前3時現在、すでに20人の人が死亡、7人の人が行方不明になっている。
今朝もワイフは、ホテルに電話を入れていた。
で、今のところ、電車も、高速バスも、予定通り運行しているとのこと。
ホテルもだいじょうぶらしい。

 長い前置きになったが、私とワイフは、九州に向かう。
HS氏に会う。
会って、私たちが見たものが何であるかを確かめる。

●浜松駅

 この数日と打って変わった、快晴。
「梅雨は終わったのかしら?」とワイフ。
が、そんなはずはない。

 予定より40分ほど早く、駅に着いた。
待合室で、列車を待つ。
11時37分発、ひかり名古屋行。
名古屋で、博多行に乗り換え。

●アリゾナ州フェニックスに現れたUFO

 メールを開くと、読者の人より、メールが届いていた。
「はやし先生の見たUFOは、これではないですか?」と。
アドレスをクリックすると、アリゾナ州フェニックスで現れたUFOの画像が現れた。
巨大なUFOで、町全体をおおうほどのUFOだった。
そのUFOについては、私も聞き知っている。
どこかのテレビ局が、以前、報道していた。

 CNNは、つぎのように書いている。

『PHOENIX (CNN) 
When it appeared in the Arizona sky on the night of March 13, it was witnessed by hundreds of people.
フェニック(CNN)
それがアリゾナの空に、3月13日(1997)に現れたとき、それは何100人もの人たちによって、目撃された。

Neither researchers nor witnesses have yet figured out what Arizonans saw in the event now dubbed "the Phoenix Lights.
「フェニクスの光」と呼ばれる、その事件で、研究者も、目撃者も、アリゾナの人たちが見たものが何であるか、わからないでいる。

" But that hasn't stopped them from trying to puzzle it out. 

Tim Ley and his family are among the hundreds of witnesses who have come forward to talk about the Phoenix Lights.
ティムと彼の家族は、何100人もの目撃者だが、フェニックスの光について、つぎのように述べている。

They first saw the lights while looking north from their Phoenix home. 
彼らはフェニックスの家から、北の方角を見ているとき、その光を見た』と。

 以下、その事件についていろいろ書かれている。
が、ここで重要なことは、UFOではなく、「光の列」であったこと。
ブーメランというより「V字」(CNN)形に並んでいたこと。
さらの光と光の間は、透けていたこと。
またこの地域は、アメリカ軍の秘密軍事基地と近く、ほかにも正体不明の飛行物体が、しばしば目撃されていること。

 で、日本でも、この事件は報道された。
その中では、目撃者の話として、低高度を飛行するV字型のUFOが、紹介されていた。
窓らしき円の中には、人影すら見えたと証言する人もいた。

 が、私とワイフが見たUFOとは、どうもそれとはちがうような気がする。
そのひとつが、「そこまで巨大ではなかった」(ワイフ)ということ。
それに光らしいものは、発していなかった。
フェニックスの「光」には、物体感がない。
CNNの報道にもあるように、「フェニックスの光」にすぎない。

 もっとも、そのあと真上に来たときのこと。
これは私たちが見たUFOについてだが、急に速度をあげ、そのまま透明になって消えていった。
そのことを思い起こせば、光と光の間が透けて見えたとしても、おかしくない。
ありえるということになる。

 が、疑問が残る。

 フェニックスの光は、サーチライトのような光を灯していた。
地球上の乗り物なら、そういうライトをつけることもあるだろう。
飛行機や自動車を思い浮かべればよい。
しかしUFOには、そういったライトは、必要ない。
UFOが光って見えるのは、それはあくまでもなにかの結果であって、目的ではない。
フェニックスで、何やら不可思議なことが起きたのは事実だが、そのときのUFO(?)は、私たちが見たUFOとは、やはりちがうように思う。
つまり「アッ、これだ!」という、的中感が、起きてこない。

 前にも書いたが、私たちが見たUFOにしても、BT氏兄弟、さらに今回HS氏が見たUFOにしても、私たちの真上に来たとたん、逃げるようにして、姿を消している。
UFO側が、人目につくのを避けている。
共通して、そんな印象をもった。

 そんなUFOが、こうこうとライトなど並べて、夜空を飾るだろうか?

●京都

 たった今、新幹線は、京都を出た。
先ほどまで、私とワイフは、週刊誌を読んでいた。
私が「週刊文春」、ワイフが「週刊ポスト」。
私は、認知症度テストという記事が気になった。
それを使って、自己診断してみた。
このところ何かにつけ、自信が薄れていく。

 結果は……というか、そのテストは、だれか別の人にしてもらうものだそうだ。
自己診断テストではない。

●大川隆法(週刊文春・7・19号)

 内容については、週刊文春に取ってもらう。
が、週刊文春は、大川隆法の性の儀式についての暴露記事を載せている。
信者の若い女性を、「あなたは〜〜の生まれ変わり」だとか何とか言って、そうした儀式に誘っていたという。

 幸福の科学にかぎらず、カルト教団と呼ばれる宗教団体には、この種の醜聞が、いつもついて回る。
UFOとて、例外ではない。
接し方をまちがえると、そのままカルト化する。

●日本人は賢くなったか?

 人間の賢さは、「自ら考える力」で決まる。

 よく誤解されるが、知識や情報が多いからといって、賢い人ということにはならない。反対に、いくら知識や情報があっても、バカな人はバカ。
映画『フォレストガンプ』の中でも、フォレストの母はこう言っている。「バカなことをする人をバカというのよ。(頭じゃ、ないのよ)」と。

 そういう視点で、もう一度、日本人について考えてみる。日本人は、賢くなったか、と。

 今、高校生でも、将来を考えて、毎日本を読んだり、勉強している子どもは、10%もいない。
文部科学省国立教育政策研究所の行った調査によると、「宿題や授業でしか本は読まない」と答えた子ども(小、中、高校)は、全体では18%だが、高校生は33%であった。
また「教科書より厚い本を読んだことがない」も、全体では16%だが、高校生では23%であった(全国小学4年生以上高校2年生までの2〜120人について調査。02年)。

 わかりやすく言えば、小学生ほど、よく本を読み、中学生、高校生になると、本を読まなくなるということ。

一見何でもないような現象に見えるかもしれないが、「では、高校生とはいったい、何か」ということになってしまう。
より高度な勉強をするから高校生というのではないのか。
が、実態は、その逆。

毎日くだらない情報を、携帯端末で交換しているのが、高校生ということになる。
そう言い切るのは正しくないが、しかし実態は、そんなところと考えてよい。
大半の高校生は、毎日4〜5時間はテレビを見たり、ゲームをしたりして時間をつぶしている。
6〜7時間と答えた子どももいた
(筆者、01年、浜松市内の高校生10人について調査)。

 その結果というわけではないが、最近の高校生は、まさにノーブレイン(知能なし)という状態になっている。
知識や情報に振りまわされているだけ。自ら考えるということができない。
政治問題や社会問題など、問いかけただけで、「ダサイ!」と、はねのけられてしまう。

 もちろん本を読んだからといって、賢くなるというわけではない。
それ以上に大切なことは、いかにして問題意識をもつか、だ。
その問題意識がなければ、本を読んでも、それもただの情報で終わってしまう。
よい例が、ゲームの攻略本だ。

もともとウソにウソを塗り固めたような本だから、いくら読んでも、それこそまさにムダな情報。
先日、私も、子どもたち(小学6年生)の前で、こう話してやった。

 「栗の葉に、近くに落ちている松の葉包み、それを手で握って、ローローヤヤ、カカカ、バーバーと呪文を唱えれば、親から小遣いが、いつもの10倍もらえる」と。

 中には子どもたちは真剣なまなざしで、私の呪文をノートに書きとめようとした子どももいた。
が、そのうち一人が、「先生、反対に読むと、バ・カ・ヤ・ローだ」と。

 そこでいかにして、子どもに問題意識をもたせるか、である。が、この問題について考える前に、こういうこともある。

●ロボット化

 ノーブレインの状態になると、その人間は、いわゆるロボット化する。
ひとつの例が、カルト教団の信者たちである。
彼らは思想を注入してもらうかわりに、自ら考えることを放棄してしまう。
ある信者とこんな会話をしたことがある。

私が「あなたがたも、少しは指導者の言うことを疑ってみてはどうですか。ひょっとしたら、あなたがたは、利用されているだけかもしれませんよ」と。
するとその男性(60歳)はこう言った。

「○○先生は、万巻の書物を読んで、仏の境界(きょうがい)に入られた方だ。
教えにまちがいはない」と。

 同じような例は、あのポケモン現象のときに、子どもたちの世界でも起きた。
それはブームとかいうような生やさしいものではなかった。
毎日子どもたちは、ポケモンの名前をつらねただけの、まったく意味のない歌(「ポケモン言えるかな」)を、狂ったように歌っていた。
そしてお菓子でも持ち物でも、黄色いピカチューの絵がついているだけで、それを狂ったように買い求めていた。

私はこのポケンモン現象の中に、たまたまカルトとの共通性を見出した。そして『ポケモンカルト』(三一書房)という本を書いた。

●カルト教団

 このロボット化でこわいのは、脳のCPU(中央演算装置)が狂うため、本人にはその自覚がないこと。
カルト教団の信者も、またポケモンに夢中になる子どもも、なぜ自分がそうなのかということがわからないまま、たいていは「自分は正しいことをしているのだ」と思い込まされていく。
醜い商魂に操られていく。
そしてその結果として、それこそ愚にもつかないようなことを、平気でするようになる。

 こうした状態を防ぐためにも、私たちはいつも問題意識をもたねばならない。
あなたの子どもについて言うなら、これはいつかあなたの子どもがカルト教団の餌食にしないためでもある。
ノーブレインというのは、それ自体がひとつの思考回路で、いつなんどき、その回路の中
に、カルト思想が入り込まないともかぎらない。

で、たまたまあのポケモンブームのころ、アメリカのサンディエゴ郊外で、「ハイアーソース」という名前のカルト教団の信者たち39人が、集団自殺をするという事件が起きた(1997年3月)。
残された声明文には、「ヘール・ポップすい星とともに現れる宇宙船とランデブーして、あの世へ旅立つ」と書いてあったという。
SF的というよりは、UFO的。

 常識で考えればバカげた思想だが、ノーブレインの状態になると、それすらもわからなくなる。
つまりそういう人を、「バカな人」という。

 いかにして問題意識をもつか。

 これは私のばあいだが、私はいつも、自分の頭の中で、その日に考えるテーマを決める。教育問題であることが多いが、政治問題や社会問題も多い。
たいていは身近なことで、「おかしいぞ」と思ったことをテーマにするようにしている。

 そこで改めて問う。
「日本人は賢くなったか」と。

 で、その結論だが、答は、「ノー」。日本人は知識と情報の氾濫の中で、ますます自分を見失いつつある。
ますます愚かになりつつある。

そのことは、今の子どもたちの世界を見ればわかる。子どもたちの「質」は、この30年、確かに悪くなった。
ひとつの例というわけではないが、30年前の幼児は、「おとなになったら、何になりたい」と聞くと、「幼稚園の先生」とか、「野球の選手」と答えていた。
しかし今の子どもはちがう。

「魔法使い」とか、「超能力者」とか、答える。
バブル経済のころは、「私、おとなになったら、土地もちの人(男)と結婚する」と言っていた女の子(小4)や、「宗教団体の教祖になる」と言っていた男の子(小5)もいた。
が、そのときよりも、今のほうが、さらに悪くなっているように思う。

 UFO問題を取りあげるときは、それがどこかでカルト化していないか。
それを常に疑ってみる必要がある。

●神と宇宙人

 宇宙人が神であっても、神が宇宙人であっても、私は驚かない。
もともと私は無神論者。
が、まったくの無神論かというと、そうでもない。
子どものころから、結構、信心深いところがある。
60歳ごろまで、法事はきちんとしてきたし、初詣も欠かしたことがない。
仏典も読むし聖書も読む。

 よく「キリストは宇宙人だった」と説く人がいる。
こんなことをキリスト教徒の前で口にしたら、それだけで袋田叩きにあうだろう。
しかし私も、そう思う。
つまりキリストも宇宙人だった、と。

が、宇宙人そのものではなく、宇宙人により遺伝子操作され生まれた人間、と。
似たような話に、「かぐや姫」の話がある。
かぐや姫も、赤ん坊の段階で、地球に送り込まれている。
(あくまでも、おとぎ話のひとつだが……。)
宇宙人がいるとしても、この地上に、直接立つことは、むずかしい。
地球の重力が大きいというよりは、一度無重力に慣れてしまうと、肉体そのものが重力に対応できなくなってしまう。

 だから地球に使者を送るとしても、途中からではなく、赤ん坊の段階から送る。
またそうしないと、地球の環境に慣れることはむずかしい。

 が、宗教というのは、(教え)に基づいてするもの。
(儀式)ではない。
その視点を見失うと、UFO問題は、そのままカルト化する。
あるいは、すでにカルト化している?

●神と宇宙人

 UFO問題とキリスト教。
とくに旧約聖書と結びつける人は多い。
それもそのはず。
キリスト教でいう神は謎だらけだが、その神を宇宙人に結びつけると、謎のほとんどがスンナリと解決してしまう。

 が、ここにひとつの落とし穴がある。
新約聖書はともかくも、旧約聖書は、最初から最後まで、首尾一貫して終末論を説いている。
この終末論が、人類滅亡論に結びつきやすい。
言うまでもなく、カルト教団と呼ばれる宗教団体は、強迫と希望を、いつもペアにして私たちに迫ってくる。
地獄論と天国論でもよい。
バチ論と功徳論でもよい。
「この信仰を信じた者だけが救われる」と教えながら、「信仰をやめたら地獄へ落ちる」と。
さらに付け足せば、人々の心が不安になったときこそ、カルト教団の出番。
心が不安になると、そこにスキが生まれる。
そのスキをついて、カルト教団が入り込む。

 今は、その不安の時代。
震災、原発事故、経済の停滞、そして地球温暖化。
まさに『右を見ても、左を見ても……』という状態。

 こういうとき、UFO教団(?)が、急速に勢力を拡大する。
それがもつであろう、神以上のパワーを信じて……。

●ぼたんインコのピッピ

 が、問題は、宇宙人という宇宙を自由に行き来する高度な生命体が、人間など、相手にするだろうかということ。
仮に相手にするとするなら、理由は何か。
目的は何か。

 ……と考えながら、家で私を待つ、ぼたんインコのピッピを思い浮かべている。
たいへん利口な鳥で、育て方の本には、こうある。

「……カゴに入れておくとしても、24時間が限度です。1日、数回、数時間は放鳥し、自由に遊ばせてください」と。

 そのピッピは、私の家しか知らない。
私の家が、ピッピの知る世界。
もちろん家の外には出さないから、森の木や、川の水を知らない。
いわんや新幹線のことも知らないし、それで私たち夫婦が、1000キロも離れた九州へ向かっていることも知らない。

 ピッピはよく窓際の棚に止まり、外の世界をながめている。
ハトやヒヨドリが近づいてくると、右や左に飛び回り、大きな声で、懸命に何かを訴えている。

 が、ピッピは、そのまま私たち人間の姿でもある。
私たち人間は地球という小さな世界に、カビのようにへばりついている。
宇宙といっても、地上からのぞく、小さな天空のみ。
私たち人間を、ぼたんインコにたとえるなら、宇宙人たちは、新幹線に乗って旅行をする人間のようなもの。
もとから相手にならない。
……というか、私が宇宙人なら、人間など、もとから相手にしない。
相手にしてもしかたない。

 が、もし相手にすることがあるとするなら、その人間が自分たちにとって脅威となったときである。
たとえばこんな話が漏れ伝わってきている。

 何でもあのソ連(旧ロシア)は、月面上で核実験をしようとしたことがあるという。
(アメリカのアポロ13号も、小型の核兵器を積んでいたという話もある。)
が、そうしたロケットにかぎって、途中で行方不明になったり、原因不明の事故を起こしたりしている。
前に書いた『月の先住者』を読めば、その理由は、簡単にわかるはず。

●採決

 そういうふうに考えていくと、UFOに乗って地球へやってくる宇宙人たちが、人間に対して好意的かどうかということになると、それは疑わしい。
少なくとももし私が宇宙人なら、人間を敵性生物ととらえるだろう。
マムシとかピラニア、あるいはワニとかサメ……?

 ひとつの惑星には、1種類の知的生物しか住めないという法則もある(ホーキング博士)。
2種類以上になると、優劣をかけ、やがて最終戦争が始まる。
では、宇宙ではどうか。
生活圏の広さにもよるだろう。
しかし生活圏が狭く、利害が対立するようなことになると、やはり最終戦争ということになる。

 仮に共存するとしても、どちらか一方が徹底的に優位になる、どちらか一方が、徹底的に隷属的になる。

 が、知的生物が、複数のばあいはどうか。
映画『スターウォーズ』に出てくる酒場を思い浮かべればよい。
私は種類が多ければ多いほど、共存はむずかしいと思う。
とくに人間のような、貪欲で、強欲な生物なら、なおさら。
こんな小さな、狭い地球の上ですら、(それをよく知っているはすなのに)、戦争ばかり繰り返している。

 で、こんな想定をしてみる。

 あなたは宇宙会議のメンバーである。
何万という星々から、何千という種類の宇宙人が集まっている。
そこである日、こんな会議が行われた。
「地球人を、仲間として迎えるかどうか」と。
もろもろの意見が出されたあと、いよいよ採決という段階になった。

「賛成か反対か」と。

 反対が多数のばあいは、人間は抹殺される。
あるいは脳細胞そのものに手を加えられ、ごくふつうの動物(獣)としての生活だけを許されるようになる。

 ……かなりSF小説ぽくなってきたが、そういう視点で、一度、私たち人間を外の世界からながめてみるのも、悪くない。

●日田市

 高速バスは日田インターチェンジをおりた。
その直前、低い雨雲が急に厚くなったと思った瞬間、見たこともないような大雨が降り始めた。
ドドーッ、ドドーッと。
そのたびに、バスが大きく揺れた。

 バスは、予定より、20分遅れで日田市に入った。
今夜は駅前のソシエというホテルに泊まる。

 ……新幹線の中でおかしな眠り方をした。
そのせいか、ひどくはないが、頭が割れるように痛い。
だいじょうぶかな?

●日田市・花門(かもん)

 HS氏は、ホテル・ソシアの、道路をはさんだ真ん前で、割烹を経営していた。
「花門」。
私とワイフは、そこで夕食をごちそうになった。
夕食と言っても、食べたこともないような懐石料理。
その美しさとおいしさに、驚いた。
ワイフは、「こんなすてきな料理、食べたことがない」と何度も言った。
が、その言葉には偽りはない。
ワイフの別名は、石部金子。
「石部金吉」にちなんで、私がそういうニックネームをつけた。
ワイフには、「おじょうず」という言葉がない。
若いころから、クソまじめ、
クソ正直。
「クソ」を10個くらい並べても、まだ足りない。
そういう女性である。
そのワイフが、そう言った。

 日田市の花門。
JR日田駅から、歩いて数分。

 食事のあと、HS氏の家族全員(妻、娘さん2人、息子氏、それにHS氏の友人のKS氏)が、その場へ案内してくれた。
花門の裏手。
40〜50メートル、裏通りへ入ったところ。
HS氏は、「ここでこのように見ました」と説明してくれた。
発泡スチロールで作った模型を使って、その飛び方を説明してくれた。

 なごやかな一瞬。
ほっとするような一瞬。
「来てよかった」と、私は何度も思った。

 そこには、あの夜、私たちが見たものが、「あった」!
それがうれしかった。

 そのとき私が受け取ったメモをそのまま、ここに掲載する。

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●新発見

 HS氏は、こう言った。
「ブーメラン型といっても、左右対称ではなく、右側が長かったです」と。

 事実というのは、恐ろしい。
私は、自分の書いたイラストにしても、NASAが発表した火星上空のUFOにしても、(NASAはUFOとは言っていないが)、そのときは、気づかなかった。
が、よく見ると、左右が非対称になっているのがわかる。
見る方角にもよるが、たしかに「右側のほうが、長い」。

 事実というのは、そういうもの。
知れば知るほど、つじつまが合ってくる。
ジグソーパズルのように、コマがそれまでのすき間を、きれいに埋めてくれる。

●方向

 もう7、8年になるだろうか。
私たち夫婦と、BT氏は、一枚の地図を広げ、たがいに見たUFOが、どちらの方角から、どちらの方向へ飛んで行ったかを検証したことがある。

 どこかの料亭で、何かの料理を食べながら、それをした。
その結果、

(1)私たち夫婦が見たUFOは、正確に真西から、真東に向かって飛んで行った。
(2)BT氏が見たUFOは、これまた正確に真東から、真西に向かって飛んで行った。

 みなで地図の上に、定規を使って線を描いてみた。
が、意図的にそうしたわけではないのだが、2本の線は、きれいな平行線を描いた。
しかも緯度線に沿って、きれいな平行線を描いた。

 当時の私たちは、こう思った。
「UFOも、緯度に沿って飛行するのだ」と。

 が、今回のHS氏の話によれば、UFOは、真南から真北に向かって飛んでいったという。
これはどうしたことだろう。

 そこで調べてみると、あるサイトには、こうあった。

『…… 共振電磁場もフォース・フィールドと同様に、宇宙塵が船体に衝突するのを防ぐのに役立っているという。
 結局、UFOは、自分自身で磁気エネルギー(スカラーエネルギー)を使って人工の共振電磁場を作り、地球の空を飛ぶ場合は地球の共振電磁場と共振させて反重力を作り出し、地磁気の線に沿って飛行していることがわかる』(徹底検索・堀進氏BLOG)と。

 ここにいくつか聞きなれない言葉が出てくる。
またここに書いてあることがすべて、科学的に証明されたわけではない。
しかし「地磁気の線に沿って、飛行しているのがわかる」とある。
わかりやすく言えば、帆船が風を利用して航海するように、UFOは、地球の磁場を利用して航行している。

 それを信ずるか信じないかは別として、(というのも、私自身はよくわからないので)、しかしこの内容は、私たちが見たUFOの飛行ルートを、そのまま説明している。
正確に言えば、私たちとBT氏が見たUFOは、地磁気の線に対して直角に飛行した。
HS氏が見たUFOは、地磁気の線に対して平行に飛んだ。

●窓

 私とワイフが見たUFOには、窓らしきものはあった。
大きな、真円形の窓である。
薄い橙色の光を放っていた。

 つぎにBT氏の見たUFOには、窓はなかった。
「窓らしきものはなかった」と、BT氏は証言している。

 これに対して、HS氏は、窓らしきものはあった、と。
しかしその窓は閉じていたのか、機体本体と同じような色をしていたという。
「窓枠も見えた」という。
その窓枠も、同じ色をしていたという。

 で、私たち3人の話を総合すると、こうなる。
あの夜、私たちが見たUFOには、窓はあった。
その窓は開いていた。
BT氏とHS氏が見たUFOの窓は閉まっていた。

 私とHS氏の話は、窓(窓らしきもの?)があったという点で、一致する。
HS氏とBT氏の話は、窓が開いていなかった(光が出ていなかった)という点で一致する。
つまりここでも、(私の話)→(HS氏の話)→(BT氏の話)は、それぞれ連続性をもって一致する。

●KW氏

 割烹「花門」では、3時間余りを過ごした。
その間、HS氏の親友という、KW氏(60歳、日田市市議会元議員)という人と、話した。
KW氏自身は、UFOを見ていない。
しかし宇宙人の存在は、信じている。
会話の中に、「ニビル(惑星)」「シュメール」という言葉は、よく出てきた。
仏典の謎についても、話してくれた。
話がはずんだ。

 で、私は私たちが見たUFOの話をした。
前もって、HS氏から、話を聞いていたらしく、私たちの会話に、すんなりと入ってくれた。
またHS氏の二女も、小学2年生のときに、やはり家の裏で、UFOを目撃したことがあるという。
まだ明るい日中で、それはまぶしいほどまでの光を放ち、空を横切っていったという。

 私たちは食事をしながら、昨日(7月16日)にUPした、動画(YOUTUBE)を、みなに披露した。

http://www.youtube.com/watch?v=0Fziv16u8vo&list=UU2fHPR-NxuYGd1oMOGXLwFA&index=1&feature=plcp
●HS氏のメモ

 花門……『季節料理・花門』
 亭主……橋本 晃
 住所……大分県日田市元町78番
 電話……0937−22−1337

 本物の日本料理がどういうものであるかを知りたかったら、花門へ行ってみるとよい。
息子氏は、京都の割烹で修行したという。
HS氏の割烹を手伝っている。

 そのHS氏が私にメモを残してくれた。
先に書いたことと繰り返しになるが、もう一度、確認しておく。

○目撃したのは、2012年6月20日、22時29分(携帯電話の記録より)。
○音は無音。
○色は白だけど、白ではない。
○右の方が長く、左のほうが短い。
○窓(?)の周囲には、窓枠があった。
○窓の数は、9個前後(左側4個、右側5個)。これはHS氏が残したメモによる。
○UFOは、真南から真北の方向に向かって飛んで行った。

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●新山口

 新幹線のぞみは、たった今、新山口を出た。
教え子の1人が、この町のどこかの病院でドクターをしている。
列車が走りだしたとき、ふと、そんなことを思い出した。
またこの町かどうかは知らないが、恩師の田丸謙二先生は、東大を退官したあと、この山口市の東京理科大学で、理学部長をしていた。
「76歳まで働かされた」と言っていた。

 76歳!

 若いときには、知る由もなかった。
しかしこの年齢になると、年齢ごとのきびしさが、実感としてわかるようになる。
60歳には60歳のきびしさがある。
65歳には65歳のきびしさがある。
その延長線上に、70歳があり、76歳がある。
すべてが一次関数、もしくはゆるい二次関数のグラフを描きながら、老後に向かう。
簡単な数学である。

私「田丸先生は、76歳まで働いたんだって!」
ワ「よくがんばったわね」
私「ぼくも、そう思う。76歳で働くということがどういうことか、そのきびしさも、よくわかる」と。

 ……5〜6列先に2歳前後の女児が乗っている。
その子どもが、キャッキャッと騒いでいる。
独り言を間断なく、しゃべっている。
時折、何やらダダをこねている。
あとの客は、葬式の参列者のように、静かに黙りこくっている。

●帰路

 九州から遠ざかるにつれ、UFO問題もまた、自分の頭から切り離されていく。
脳の隅に追いやられていく。
ワイフの口からも、「UFO」という言葉が出てこなくなった。
それもそのはず。
この話には、結論がない。
私たちは「見た」。
それだけの話である。
前にも書いたように、「だからどうなの?」という部分がない。
「どうしたいの?」という部分もない。

 おそらく、あのUFOにしても、二度と見ることはないだろう。
「見たい」と思っても、空のどこを、どのように探せばよいのか。
その方法も知らないし、手段もない。
(BT氏は、念力を送れば見られるというようなことを言う。
しかし私には、その念力もない。)

が、「私も見ました」という連絡は、この先もあるかもしれない。
そのときは、そのとき。
そのときはまた、その人に会い、その人の目の中に入って、あのUFOを見る。

 ただ誤解がないようにしておきたいことがある。
私たちが見たいのは、あのUFOだけ。
ほかのUFOには、興味がない。

 割烹『花門』では、HS氏の息子氏が、こんな話もしてくれた。
何でも阿蘇山の噴火口へ、UFOが入って行ったという。
噴火口からその奥へ、飛び込んで行き、そのまま消えてしまったという。
それを20人近い人たちが目撃したという。
阿蘇山周辺では、それが大きな話題になっているという。

 太陽の中にさえ、平気で入っていくUFOもあるとか。
そういう話も聞いているので、私は驚かない。
が、興味もない。

しかし、もし私がその20人の中の1人だったら、どうだろうか。
私なら1人1人の証言を集め、こうしてしっかりとした記録として残すことを考えたかもしれない。

 ともあれ、今の私には、そこまでワクを広げる時間はない。
ほかにも書きたいことは、山のようにある。
UFO問題は、その中の一部にすぎない。
だからあえて耳を閉じる。
興味をもたないようにする。

●結論

 今回のUFO検証旅行は、これでおしまい。
要するに、ロマン。
夢。
懐疑的な見方をすれば、オーストラリアのUFO研究団体が書いているように、「私たちは神秘を愛し、その謎を解くのを愛する」の一語に尽きる。
「推理番組と同じ」とも。

 そう、推理番組。
それ以上でもなければ、それ以下でもない。
 
 あとの判断は、読者諸氏に任せる。
ただし一言。
引用した文章の真偽のほどは別として、私がここに書いたことは、私が知りえた範囲の内という条件つきだが、すべて「事実」である。

 ……ワイフは、列車の中の電光ニュースを読んでいる。
「九州から東北の各地では、気温が35度だってエ!」と。
ワイフの頭の中からも、UFOが消え始めているようだ。
私も先ほどから、明日からの仕事の段取りを考えている。

 ……列車は、たった今、京都に着いたところ。
2012年7月17日。
時刻は、午後1時13分。

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【参考】東洋医学(黄帝内経)の謎

http://bwtachiyomi.ninja-web.net/page055.html
(東洋医学と地動説、東洋医学の謎、はやし浩司著「目で見る漢方診断」より)……

 東洋医学のバイブルと言われる『黄帝内経・素問』は、太古の昔、地動説を唱えていた。
以下の記述が、その証拠である。
問題は、その正確さもさることながら、古代の中国人たちがこのような知識を、どこでどのようにして手に入れたかということ。
文字通り、黄帝の時代とするなら、その先はまさに新石器時代。
青銅器時代、鉄器時代が始まるのは、そのあとのことである。

 難解な文章だが、世界最古の「地動説」を唱える一節だから、みなさんも、一度は呼んでみてほしい。
もちろんこの謎を世界ではじめて解いたのは、この私である。

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Hiroshi Hayashi+++++++June. 2012++++++はやし浩司・林浩司
 

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